カテゴリー「生死」の記事

2011.12.27

養生を語る

健康のため禁煙するのはいいことです。週に一日は休肝日を作るのもいいでしょう。野菜中心の食事も大事です。体にいいサプリメントもたくさんあります。しかし、私が思うに、これらは消極的な養生です。養生を語るには、もっと生命の本質に迫る必要があります。生命を正しく養うことこそ、養生だからです。

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2011.11.16

オオヤも店子もあるかい!

福田 家元は梶山季之さんとも親しくされていましたよね。

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2011.10.27

台上の狼狽

台上で私は「くくくく」とはばからず声をあげた。痛いのか、とあわてて医者は顔をよせて問うてきた。私は低く「いや」とこたえ、あとはくちをつぐんだ。

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2011.09.30

消えずに残った粒子からすべてが生まれた

山中 益川先生がご専門の理論物理学では、特にコロンブスの卵的な発想が重要ではないかと思います。ノーベル物理学賞を受賞された「小林・益川理論」は、どういう発想から生まれたのでしょうか。ぜひお聞きしたいです。

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2011.09.28

私も信じてなかった

瀬戸内 それでも信じない、霊を?
津村 うーん、いるのかなあ。だって、本人が「あっちの世界なんてない。死ねば無になるだけだ」と言っていたのよ。

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2011.09.13

二度の不在

芥川の自殺の後に、『芥川の事ども』という追悼記を菊池寛は書いておりまして、このように亡友を振り返っております。

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2011.08.23

勉強しなおして参ります

桂文楽さんが最後につとめた高座は、昭和四十六年でした。年も押し詰まった十二月に亡くなるのですが、その前の八月の末でしたか、東京の国立劇場の小劇場で『大仏餅』を演ることになった。これは三遊亭円朝原作の噺でね、噺そのものはちょっとも面白くないけれど、文楽さんの重要なレパートリーの一つで、それを国立の高座に掛けたわけです。

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2011.08.20

みんなきれいだった

そして終戦を迎えました。学校のあった日暮里は上野に近く、そこは空襲で焼けましたけれど、隅田川を越えたところに家があって、そっちへ移っていました。ですから隅田川はよく自転車で越えたんですが、橋の上へ行きますと、必ず人だかりがある。欄干から下を覗くと、そこに死体が四、五十体も浮かんでいるんです。三月十日は下町一帯がみんな焼けましたが、火に追われて熱いものだから、川のなかに身を浸す。ところが火災は酸素を奪うので、人は窒息状態になり、そのまま死んでしまったんですね。

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2011.07.31

遺体検死

検索時に常にもっていくカバンと、食料とあるだけの医療器具を用意し、午前三時頃に秋田県警が用意した車で家を出た。八時前には岩手県警本部に着き、大槌町に向かうよう指示され向かった。

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2011.06.10

葬式不要論

池上 最近、「葬式は要らない」という風潮が出てきました。団塊世代がいよいよ親を見送り、自分たちの時はどうしたいいか・・・・・・と考える年代になったからかもしれません。

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