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2011.09.30

消えずに残った粒子からすべてが生まれた

山中 益川先生がご専門の理論物理学では、特にコロンブスの卵的な発想が重要ではないかと思います。ノーベル物理学賞を受賞された「小林・益川理論」は、どういう発想から生まれたのでしょうか。ぜひお聞きしたいです。

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2011.09.29

力があっても開かない

三好 でももうひとつのとらえ方があります。ちょっと吉本さん立っていただけますか。立って右足を外側に開いてみてください。左足だけで体重を支えて。できますよね。

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2011.09.28

私も信じてなかった

瀬戸内 それでも信じない、霊を?
津村 うーん、いるのかなあ。だって、本人が「あっちの世界なんてない。死ねば無になるだけだ」と言っていたのよ。

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2011.09.27

明治文学史上の男の癖

明治文学史の後半は男の泪に濡れている。たとえば坪内逍遥『沓手鳥孤城落月』の三幕目で豊臣秀頼はとつぜん刀の鞘を払ひ、淀君を刺さうとして引き止められ、刀を投げ出して「落涙雨の如く」に泣き、「此の涙は、愧も忿怒も悔恨も、人の心にありとある、百八煩悩一つとなツて、五臓六腑を骨もろともにしめぎにかけ、しぼりいだす血の涙。ゆるせ、なかずにはをられぬわい」と嘆く。たとえば石川啄木の短歌は、

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2011.09.26

グラスの上に尻餅

私の大失敗談を書かないわけにはいかなくなった。

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2011.09.25

海上の悲しみ

私の初代照洋丸での最初の航海だった太平洋一周の航海で、南太平洋を公開中のある夜、ボーイ(今はこの職はない)のW君がいなくなった。全員で手分けして1時間ほど船内をくまなく探したが見つからなかった。

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2011.09.24

彼が、そして私が見てきたもの

都市化の界面は容赦なくその前線を進めていた。それに伴って時間の界面もおぼろげに溶解され、塗りこめられていった。工兵学校の廃墟はまもなくきれいな公園の花壇に様変わりし、防空壕の場所もわからなくなった。公園の入り口には、工兵学校の記憶を唯一とどめるレンガの門柱と門衛所が残された。

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2011.09.23

記憶の井戸

台地と駅をつなぐ細い階段の途中の崖には、分厚いコンクリートで固められた倉庫が埋め込まれ、鋲を打った堅牢な鉄の扉が三枚ついていた。手で引くと意外にも扉はゆるりと開き、内部に棚が設えてあるのが見えた。そこには一抱えもある大きな、青いガラス瓶がならんでいた。胴体にはクロロフォルムと記されていた。とはいえ瓶は栓が抜かれ中身は空だった。クロロフォルムが麻酔薬であることを調べた私は、それが一体何に使われたのか思いを巡らせた。

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2011.09.22

戦前と戦後、東京と郊外の界面

引っ越してきた日の記憶がある。新居は運び込まれた荷物で一杯で、父と私は、近くの食料品店で菓子パンを買って野外で食べることにした。住宅からすこし離れたところに人気のない開けた場所があった。そこは廃墟だった。破壊された建物の残骸が一面に散らばり、横たわっていた。断面からは錆びた鉄筋が飛び出し、小石が混じったコンクリートは古びていた。奇妙な光景は、しかし、どこまでも明るく見渡せた。

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2011.09.21

三十五年前の記憶

小学校の低学年で、私は都内から千葉県の松戸という場所に引っ越した。東京都の東を流れる江戸川を渡ったところだ。公務員をしていた父が、新築の宿舎の抽選を引き当てたからである。1960年代後半の頃だった。当時の松戸市は、東京圏というには田舎じみており、田舎というには中途半端な、開発途上のベッドタウンだった。
なぜこうのような昔話をしているかといえば、最近、当時のことを思い出すきっかけがあったからだ。NHKの求めに応じて、自分の卒業した小学校に出かけて行って課外授業を収録した。私は三十五年ぶりに松戸の母校を再訪し、わすれかけていたいろいろな記憶をたどることになった。

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2011.09.20

ピンク色のタラコ

氷を満たしたクーラーボックスを担いで私は階段を駆け下りた。

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2011.09.19

無責任の波

東北関東大震災については、これからたくさんの人がいろいろな意見や解説を開陳し、また報道も大変化して、それによって目がさめる人や行いをあらためる人がつぎつぎに現れて、日本は面目一新するだろうと期待する。

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2011.09.18

覚えていれば十分

また、若い頃の私は、ずいぶん殻に籠っていたようなところもありました。けれど、年をとってから気がつくと、力を抜くところは抜けるようになってきて、人との付き合い方も自由な境地になってきました。
 

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2011.09.17

旧約聖書の世界

ある年、首都のヌジャメナに飛行機で到着した時、私は窓の外に白いものを見て、一瞬「あっ、雪だ!」と思いました。すぐ赤道に近いチャドに雪が降るわけはない、と思ったんですけどね。目をこらして見てみると、それは小さなイナゴでした。イナゴの大群が襲来して窓ガラスに向かって来るのが、白い雪に見えたんですね。

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2011.09.16

先に逃げろ消防団員

消防団の体質も変えた。
「地震があったら、まず消防団から逃げよう、血相を変えて逃げよう、ということにしたのです」

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2011.09.15

本物の空

この手紙は、ミコの死の一カ月あまり前に書かれたものである。その後、容体は急変し、1963年(昭和38年)8月7日、21歳で亡くなった。

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2011.09.14

映画の力

友人もみんな死んでしまった。僕にそんな時期が来ないとは限らない。もし、半分ほどうまく撮っていれば、あとは誰かが撮ってくれる、僕の意思は完成されると思ったのね。九十八だから、九十五のときとは違うんですね。

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2011.09.13

二度の不在

芥川の自殺の後に、『芥川の事ども』という追悼記を菊池寛は書いておりまして、このように亡友を振り返っております。

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2011.09.12

カアチャンへの手紙

藤沢周平さんが旅先から妻に宛てた手紙も普段着ですね。

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2011.09.11

補助姿勢具としての帯

では、なぜ日本では椅子文化が育たなかったのか。著者によれば、背もたれよりもっといい姿勢補助具があったから。

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2011.09.10

本物の危機

たしかに震災後の日本はきな臭くなってきた。この国はかなり危ないのではないかという感覚がある。資産や自身の逃避先を探しはじめた人も増えてきたように思える。このような感覚がマーケットを共有されると、財政破綻から国家の存亡という本物の危機がやってくるに違いない。

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2011.09.09

腰割名人

一ノ矢さんは琉球大学を卒業しており、入門時は「初の国立大出身力士」として話題になりました。引退されたときは何と46歳。昭和以降の最高齢力士という大記録をつくった方でもあります。

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2011.09.08

偶発的な贈与

「人生は単純なものである。人がおそれるのは、畢竟一切が徒労に帰するのはないかということであるが、人生においては、あらゆる出来事が偶発的な贈与にすぎない。そのおかえしに書くのである。正確に、心をこめて、書く。―それがための言葉の修練である」

鮎川信夫(詩人)

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2011.09.07

ハムストリング?

ハムストリングの語源は18世紀のイギリスである。

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2011.09.06

DNAは語る

本書ではここ20年ほどのDNA研究が明らかにした人類の足跡をたどってきました。20~10万年前にアフリカで誕生した私たち人類すべての祖先が、どの時期にとのようなルートで世界の各地に拡散したかを概観し、さらに、ユーラシア大陸の東端にある日本にどのようにたどりついたのかという、私たち日本人の成り立ちについて見ていきました。その意味では、本書は人類の歴史について書かれた書物ということになります。

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2011.09.05

たとえば駅

摩訶不思議なバブルに踊り、その崩壊に驚き嘆き、日替わりで怒る金融不祥事に国民はただあきれ、責任者、あるいは責任を押しつけられた当事者が首を吊って涙を誘っても、度重なれば白けるばかり。悪事を働く知恵はあっても、後始末に冷静な知性や理性のかけらもなく、ただドロドロと歯切れが悪く、幕もひけないていたらく。

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2011.09.04

出番は最後

3・11以降、そのように多くの縁が生まれました。僕自身は以前より慎ましくなった。タクシーよりは電車、電車よりは歩こうと考える。生きることの基本に返りたいような気持ちです。

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2011.09.03

浮草稼業

芸能人は、一般人に比べてトラブルに巻き込まれる機会が多い。その時に暴力団を頼りにしてしまい、実際に頼る頻度も高くなる。やくざ映画に出る俳優は、やくざの所作や文化を勉強するために近づくこともあるだろう。ともに自己顕示欲が強く、「浮草稼業」で刹那的になりがちな点などは、芸能人とやくざに共通している。

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2011.09.02

執行猶予の恩典

まだ、こんな事件を数えるなら、いくつもありましょう。若杉裁判長としても、刑法の涙ともいうべき執行猶予の恩典を十分に利用して、どちらかといえば、機械的に失しやすい法律の運用に、一味の人情味を加えるということは、裁判官としても、愉快なことであるに違いありません。

菊池寛『若杉裁判長』文藝春秋1988年

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2011.09.01

暗闇下の地震の怖さ

夜十時過ぎを襲われた北海道南西沖地震津波の体験が示しているように、まず、一般的にいって津波の前にはかなりの地震、震度5~6、場合によっては震度7の地震があるものと思っていなければならない。そうすると、まずは確実に停電になる。激しい揺れでテレビが棚からずれ落ちることもありうる。茶箪笥、下駄箱等々、家じゅう目茶苦茶になるだろう。もうこの時点で、大抵の人間はパニック状態になる。いずれにしろ、我々が日頃頼り切っているテレビは見られない。

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