やめてよS君!!
入浴の方はこれほどの人の本性が出るものもなかったようだ。
先の食事が多い少ないの揉めごとは深刻ではあるが解決策があった。だが、風呂の入り方となると、もはや規律も何もあったものではない。大の大人、それも軍服を着ていれば綺羅星のような肩章をつけていたり、政府の高官だった者が、いったん裸になるとこうもあさましいものかと情けなくなるありさまだった。
さあ入浴となると、まずは小学校の運動会のように先を争い、人を押しのけて浴場へ急ぐ。桶の取り合い、安全剃刀の奪い合いである。「カミソリ東条」といわれたご本人は争うこともなく黙って片隅で洗っている。だが、傍若無人な入り方をする者も多い。
中でも笹川が特筆しているのは「新聞と云ふ文化事業に従事し、最も香りの高い職業にたづさはる―S君」と記した人物である。正力松太郎と思われる。
「あたりかまわずジャブジャブとやる、湯を散らす、水をまく、いやはや狼藉至極、これにはほとほとみんなが閉口した、そこで僕が憎まれ役を買つて出て、まことに言ひにくい言葉であるが『浴槽の道徳』を面を冒してS君に一席弁じたてた。S君ともあらう人、これで大いに態度一変してくれるものと次の入浴を期待してゐると、豈図らんや、相変わらずの行儀の悪さである」(『巣鴨の表情』)
工藤美代子『悪名の棺 笹川良一伝』幻冬舎2010年
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