東北の地
柴野との対話は、次第に"風土論"的な話題になっていった。
「『白河以北一山三文』とい有名な言葉がありますが、あれは中央の為政者の一種の負け惜しみじゃないかと思うんです。彼らにとって東北は、平安京から何回大軍を引き連れて行っても服従させることができない土地だった。だから一山三文どころか、美しい山、美しい海に囲まれた東北は、本当は喉から手が出るほど欲しい土地だった。
東北を制圧するためには、中央もおびただしい犠牲者を出した。それが、東北の差別とつながっていった。明治以降の戦争で、真っ先に最前線の兵隊を出せ、女郎を出せといわれたのが、東北です。原発もそういう長い歴史のスパンで見る必要があると思います」
―僕はいわきから南相馬まで車で走ってみて、双葉、大熊のいわゆる"原発銀座"は文化の空白地帯だと感じました。南のいわき市は大商業都市だし、北の相馬は野馬追いなど分厚い文化の慕情がある。一緒に原発地区を案内してくれた地元の町議が、「ここらあたりは気候がいいんで、みんな南洋の人間みてぇなんだ。ハングリーじゃねぇから、ろくな相撲取りもでねぇ」と言っていたのがとても印象的でした。だから、そういうところを狙い撃ちして"国家"が牙を剥きだしてくる。
「そうだと思います。元々そこが文化が遅れていたか、あるいは逆にあったがために反作用が働いて、人びとが嫌がる陸軍の飛行場ができたり・・・・・・」
佐野眞一『津波と原発』講談社2011年
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