なぜ原発音頭は生まれなかったか
―ところで、『「フクシマ」論』はゲラで読ませてもらいました。お世辞じゃなく、本当に面白かった。特に双葉町長の田中清太郎の"小物"ぶりと、その次の双葉町長の岩本忠夫が"転向"で果たした役割についての分析が興味深かった。原発労働者にもたくさん会ったでしょうから、お聞きしますが、同じエネルギー産業に従事しながら、炭鉱労働者には「炭坑節」が生まれたのに、原発労働者に「原発音頭」が生まれなかった。これはなぜだと思いますか。
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