キス一回500万個細菌交換
私たちの口の中に秘密の微生物社会があるのを初めて発見したのは、17世紀オランダの織物商で博物学者のアントに・ファン・レーウェンフックだった。ある日、いつものように好奇心に突き動かされた彼は、歯から歯垢を少し掻き取ると、顕微鏡で覗いた。彼の目に入ったのは、「驚いたことに・・・・・・いとも整然と群れを成して動きまわり、まるでブヨかハエの大群のように見える無数の微小動物」だった。
私たちの口の中に、個体数にして地球の総人口60億を軽く超える巨大な微生物群がいるとわかったのは、ごく最近になってからのことである(考えてもみてほしい。一度熱のこもったキスを交わしただけで、当人たちは500万個以上の細菌を交換したことになるのだ)。口内に巣くう600種あまりの微生物は一様に分布していたり、ただ運に任せてうろうろしていたりするわけではなく、「バイオフィルム(生物膜)」と呼ばれる組織化された菌叢を形成し、それぞれのニッチに陣取る。この生物膜が細菌を保護し、それぞれの細菌種の成長をうながす役割を果たすのだ。一例を挙げれば、通称「レッドコンプレックス」と呼ばれる、歯周病の原因と考えられている三種のグラム陰性嫌気性菌がある。フォスターは、歯磨きすることによってこれら三種の細菌の社会的関係が崩れ、もはや成長も生存もできなくなり、虫歯や歯茎の炎症、口臭が起こらなくなるという。
ジェニファー・アッカーマン『からだの一日』早川書房2009年
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