人間とは生物である
人間とは生物である。そしてあらゆる生物は自己の生存のために、それぞれが置かれた環境において、その生存をかけて力いっぱい活動して生きている。人間とてその例外でありえない。平和は、自分たち人間だけは例外であるかのような錯覚を抱かす。しかしそれは錯覚にすぎない。もちろんその錯覚を支えるため、あらゆる虚構の"理論"が組み立てられ、人びとはその空中楼閣を事実だと信じている。しかしその虚構は、「飢餓」という、人間が生物にすぎないことを意識させる一撃で、一瞬のうちに消えてしまう。
(中略)それはそのはず、人間が生物である以上、食料を配給しない機構に属することはできず、そのためそれを避けて人が餓死を免れようと動き出した途端、その機構が崩れるのは当然のことである。
しかし人は、空気の存在を当然としてこれを忘れているように、社会機構のこの機能を当然としてしまうであろう。そのあとに何が来るか、それはおそらく、いまでは、だれも自信をもって答えられない状態だと思う。そして、その答えられない状態、その状態におかれたときの人間の意識、その意識が形成する新しい「生物学的社会機構」これらを原初の姿で明らかにしているのがジャングルであり、それをそのままに記しているのが、小松氏の記録なのである。
山本七平『日本はなぜ敗れるのか-敗因21カ条』角川oneテーマ212004年
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