えっホモ?
劇団で一緒になるまで、つかさんが在日韓国人だということは知らなかった。初公演の打ち上げの席で、新聞記者の人から初めて聞いてふうんと思ったくらいだった。ただ、打ち上げが終わると、「おい、風間ちょっと来い」とつかさんが僕のことだけタクシーに押し込んだ。
向かった先は、つかさんが住んでいた自由が丘のマンションだった。部屋に上がったつかさんはさっさと服を脱いでパンツ一丁になり、ウイスキーの水割りを手にして僕の前にどっかりと座りこんだ。
え、つかさんはホモだったの?
思わず固まった僕に、つかさんが尋ねた。
「俺が韓国だって知ってるか」
「・・・・・・はい、さっき聞きました」
「それでお前、俺と芝居やっていく気があるか」
「ええ、あります。やっていきたいです!」
「そうか。じゃあ帰れ」
それで終わりだった。おそらくつかさんは、きちんと自分の口から伝えたかったのだろう。それだけのために、僕をタクシーに乗せて自宅まで連れて行ったのだ。
風間杜夫(俳優)/追悼 つかさんは「蒲田行進曲」そのものだった『文藝春秋2010・9』
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