足底の感覚
今までの人生で、やはり忘れられないのは、聖路加国際病院内科医長時代の'70年4月、あの赤軍派の「よど号ハイジャック事件」で人質となったことです。
僕は当時58歳で、福岡で開催される学会に向かう途中でした。機内で縛られたまま、3泊4日を過ごすことになるんですが、解放される前の晩、犯人たちが、「北朝鮮の平壌に行ってからキューバに飛び、そこで革命戦術を習って、秋には東京で革命を起こす。そのためのハイジャックだ」と言うんです。「何か質問があるか」と聞くので、ある乗客が、「ハイジャックってどこの言葉で、どういう意味ですか」と尋ねたんですよ。そうしたら、リーダーの田宮高麿が答えられないでマゴマゴしている。そこで僕が縛られたままの両手を挙げた。「これを解いてください。ちょっとマイクを貸して」と機内の前の方に移動し、「ハイジャックする人がハイジャックの説明をできないのはおかしいですね」と言ったら、みんながワーッと笑ったんです。それまでは恐怖と不安で隣の人とも会話できないくらい緊迫した雰囲気だったのですが、緊張の糸がプツンと切れた。それからはみんなが仲良くなれました。犯人たちが革命歌『インターナショナル』を合唱すると、乗客の中には学生運動をやっていた人もいるから、みんなが手を叩いて一緒に歌う。「返歌を歌おう」と、『北帰行』という歌を乗客が歌ったりと、機内が和気あいあいになったんですよ。(中略)
僕は機内でも最前列の席に座っていたので、一番先に金浦空港の土を踏んだんです。まるでアポロ11号の宇宙飛行士が無事に地球に帰り、土を踏んだときのような感覚というのでしょうか、興奮しましたね。今でもあの瞬間の、足の裏の感覚が残っています。
日野原重明/私の地図 あの場所へ帰りたい『週刊現代2010.8.21・28』
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コメント
初めて読ませてもらいました^^
投稿: 藤 | 2010.08.10 12:41