CIAと自民党
岸信介は日本に台頭する保守派の指導者になった。国会議員に選出されて四年も経たないうちに、国会内での最大勢力を支配するようになる。そしていったん権力を握ると、その後、半世紀近く続く政権党を築いていった。
岸は1941年、アメリカに対する宣戦布告時の閣僚であり、商工大臣を務めていた。戦後、A級戦犯容疑者として収監されていた間も、岸はアメリカの上層部に味方がいた。そのうちの一人は、日本によるパールハーバー攻撃があったとき駐日大使を務めていたジョゼフ・グルーだった。グルーは開戦後の1942年、東京の収容所に入っていたが、当時、戦後内閣の閣僚だった岸がグルーを収容所から出してやり、ゴルフを共にしたことがあった。二人は友人になった。岸が巣鴨拘置所を出所した数日後、グルーは「自由ヨーロッパ全国委員会」の初代委員長になった。この委員会は「自由ヨーロッパ放送」などの政治戦争計画を支援するためにCIAが設けた偽装組織だった。
釈放された岸はその足で首相公邸を訪れた。そこには弟の佐藤栄作が占領下の政府で官房長官を務めていた。佐藤は拘置所での制服を着替えるようにと、兄に背広を手渡した。
「おかしなものだな」と岸は言った。「いまやわれわれはみんな民主主義者だ」。
ティム・ワイナー『CIA秘録 上』文藝春秋2008年
| 固定リンク
「人物評」カテゴリの記事
- 二人の考えていたこと(2012.01.31)
- 柄は持ち主の年齢(2012.01.30)
- 植物学者の体型(2012.01.24)
- 職業選択(2012.01.15)
- 日本人男性(2012.01.13)













コメント