赤ちゃんの目からみた呼び名
クッション型のコミュニケーションというのは、いま、私たちの身辺にもたくさん見られます。家族間の呼び名もその一つで、鈴木孝夫氏は、家庭内の呼び名の基準は赤ちゃんにある、といっておられます。
つまり赤ちゃんが生まれると、きのうまで「太郎ちゃん」と呼ばれていた子どもは「お兄ちゃん」に昇格します。夫婦の間でも、新婚のころにはお互いに相手を何と呼べばいいのかわからず困りまして、まあ、旦那さんのほうは「チエコ!」などと、これは私の奥さんの名前ですが、偉そうな顔をして呼ぶのですけれども、奥さんのほうは、「ミチタロー!」とは呼べない。そこで赤ちゃんが生まれると、たちまち「お父さん」になるわけです。
つまり、生まれたての赤ちゃんの目から見てのお父ちゃんなりお母ちゃん、兄姉やおじいちゃん、おばあちゃんが家族の間での呼び名になってしまいます。(中略)
家族内の呼称によって人を呼びあうのは、日本語とトルコ語だけなのだそうです。トルコ語のほうは「××さんのお母さん」というように個人の名前をかぶせて言いますが、日本語の場合は一般的な呼び名となっています。近ごろは「ねえさん」と呼ぶといやな顔をされますが、「ねえさん」というのは、自分よりあがむべき女性ということで、本来は尊敬の意味なのです。このように、赤ちゃんを基準にして、姉一般、母一般、祖母一般という人格に自分をあてはめることで、家庭内のコミュニケーションには秩序ができ、安定してきます。
多田道太郎『身辺の日本文化』講談社学術文庫1988年
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