耐性低下
大胆な仮説を提出させていただくと、昔なら人々は黙って耐えていて、そのため精神医学が登場する必要もなかったものが、人々の耐性が低くなったために、いろいろな病名が必要になってきた、そういう可能性はないでしょうか。たとえば昔なら、多少のストレスがあっても、そんなことはごく当たり前だと考えて、我慢して仕事を続けていた。職場の人間関係がうまくいかないとか、仕事が嫌で会社に行きたくないと思っても、当たり前のことだと観念して、なんとか続けていた。
しかし反面、身体の面でも現代人は弱くなっていることは事実でしょう。だから、「ちょっとくらいの気温の変化で倒れたりしないように、普段から身体を鍛えましょう」と言うことは可能でしょう。それと同じように、病気になった個人を責めることはないけれど、「ちょっとくらいのストレスや不安に負けないように、普段から精神力を鍛えましょう」と言うことは可能でしょう。
昔の人は、同じようなストレスがあっても、格別病名をつける必要があるような状態に陥らずにすんでいたのではないかと、私は想像します。自らの意志力で、かなりの程度、ストレスを乗り越えていたのではないかと思います。また、ストレスに負けずに乗り越えるという態度を自然なものとし、よしとする文化があったのではないかと思います。
中嶋聡『「心の傷」は言ったもん勝ち』新潮新書2008年
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