妻にしたくない女
だが、はっきりと書いておく。世の中に、気の強くない女なんていない。これは断言できる。強さの度合いはあるにせよ、女はすべからく気が強い。それを十二分にわかっている私なのに、姑の気持ちになると「気の強い女だけは、この子たちの妻にしたくないなァ」と思ってしまうのだ。
彼らはアッケラカンと答える。どの相手もとてもいい女の子たちで、彼らはみんなすごく幸せなのだとよくわかる。が、話を聞いているうちに、なぜだか私は脚本家ではなく、監督でも母でもなく、なんと「姑」の気持ちになってきたのだ。
私は母親も嫁もやったことがなく、ましてや姑なんてあまりに無縁で関心もない。が、彼らの女談義を聞きながら、「何か初めて体験する気持ちだわ。これは何?」と思い、「そうか、姑だ」と気づいたのである。そして、実感した。息子の妻として、姑が最も嫌うタイプの女。それは「気の強い女」である。
彼らが照れながらも、彼女のことを幸せそうに話すたびに、私は反射的に心の中で思っていたのだ。「気が強い女じゃないでしょうね。いつもあなたの方が折れて謝ってるんじゃないでしょうね。命令されてこき使われるんじゃないでしょうね。グウの音も出ないほど言い負かされてないでしょうね」等々だ。
実に短絡的だが、これらは気の強い女がやることだと、姑は思っている。少なくとも私は、そういう気持ちになっていた。
内館牧子/姑の気持ち 暖簾にひじ鉄 連載428『週刊朝日2010.3.26』
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