乳首の多様性
彼女の乳房がどんなだったかさえ憶えていない。悪い意味ではなく、意外に思ったことだけがおぼろに記憶に残っているだけだ。二十年もかけた妄想のなかの乳房とは違っていた。といっても、妄想したとおりの女などどこにもいやしない。
それは経験がもたらした知識であって、直感や常識といったものとは無関係だ。性に興味津々の少年時代、参考文献といえば父親が道具小屋に隠していたポルノ雑誌くらいしかなかったころのマリーノには、やがて発見することになる真実はまだ知りようがなかった。乳房は、ちょうど指紋のように、それぞれ固有の特徴を持っており、しかもその特徴は、服を着た状態ではかならずしも見分けることができない。彼が親しんだどの乳房も、その個体特有のサイズと形、対称性、傾斜を備えていた。とりわけ個性が顕著なのは乳首だろう。いつの時代も男が乳房に惹かれるのは乳首の多様性ゆえだ。目利きを自在するマリーノは、胸は大きいほうがいいとためらわずに宣言するだろうが、観察したりもてあそんだりする段階を過ぎたら、あとは口に含むものの形状だけが問題だ。
パトリシア・コーンウェル『スカーペッタ(下)』講談社2009年
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