ベイクウェルの達観
労働者はたいてい、スープに肉の切れ端が入っていればそれで満足するしかなく、大きな肉の塊にはめったにありつけなかった。それは、イギリスの家畜は形が悪く、痩せていて骨が太いからだとベイクウェルは気づいた。肉のつき所も悪く、大量の牧草を食べるのに、見返りはわずかだった。要するに、イギリスの家畜は「不経済」なのだ。ベイクウェルにすれば、これ以上厳しい批判の言葉はなかろう。
彼は、この状況を変えられると考えた。彼にとって理想の羊は、頭が小さく、首が短く、足は細くて、胸と尻が途方もなく大きいものだった(現代の工場式農場で生産されている七面鳥と似ていなくもない)。動物は神の被造物ではなく人間の手になるもので、屠られ、売られ、食べられるために改良される。これこそベイクウェルの達観だった。だがそれは同時に、スクレイピー伝染の重大な原因でもあった。
家畜を改良するためには、自分が望む性質(迅速に太るという性質)を、すでに傾向として持っている家畜から始めなければならないことを、ベイクウェルは知っていた。もちろん、自然を手直しするのが簡単であれば、だれかがとうの昔にそうしていただろう。だが、品種改良は難しかった。のちに、人工的な選別でベイクウェルらが収めた成功を利用して自然選択と進化の理論を提唱することになったダーウィンでさえそれを認めており、「卓抜した品種改良家になれるだけの正確な目と適切な判断力を持った人は、1000人にひとりもいない」と『種の起源』に書いている。だが、ロバート・ベイクウェルこそ、まさにその類の人間だった。
ダニエル・T・マックス『眠れない一族』紀伊國屋書店2007年
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