単語の一生
大野は『岩波古語辞典』ができると、「序にかえて」と題し、この辞書がめざしたことを高らかに宣言した。その一部を抜粋するが、一読、「宣言」と書いた意味はわかっていただけると思う。
「人間は、生まれ、成長し、活動し、老化し、死去するという経過を歩む。単語も一つの役割を負ってその言語社会に誕生し、多くの単語の力関係の中で活動し、やがて老化して意味が片寄り、衰えて去るという一生を持つ。広く使われて豪華に生きる単語、全く異なる意味に変身して世を渡る単語、ひそやかに言語社会の片隅に生きる単語がある。児が親の性格をうけつぐように、単語も親の語の意味の血筋をひく。その親の語も、さらにさかのぼれば古い二つの親の語の結合として分析できることが多い。本当は、辞書は単に文脈にかなう訳を探す場であってはならないものである。辞書は一語一語の出生、活動、老化、死という語の生涯の記録を読み取る場でなければならない」
単語を個人に見立てて、誕生から成長、変化、老化そして死と、一生をたどる考え方は後に係り結びの研究へとつながってゆく。
川村二郎『孤高 国語学者大野晋の生涯』東京書籍2009年
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