見えない角度
それが鴨の美味しさも最後の春のはじめだった。
筑紫さんが発病して、治療に入り、少し体力が回復した頃、久しぶりに電話があり、何か美味しいものを食べに行きたいという。食欲が出たのは何よりだと喜び、何が食べたい? と聞くと言下に「鴨鍋が食べたい」という。私は早速、琵琶湖畔の魚清楼に、ご夫妻をお招きした。手術の後なので筑紫さんは毛糸の帽子をかぶっていたが、それほどやつれてもいず、大病した人とも見えないハンサムぶりだった。その日、筑紫さんは、焼いたもろこも鴨鍋も美味しいと連発して、大丈夫かと心配になるほど召し上がった。
「こんなに食欲があるなら大丈夫ですね」
と私は房子夫人に話しかけたら、夫人は、筑紫さんには見せない角度で「ええ」と答えられたが、その表情ははっとするほど曇っていた。
その帰りの車の中で、筑紫さんは、
「今度は日田で天然のすっぽんを食べようね」
と弾んだ声で誘ってくれた。
その後ふと重い声になり、
「寂聴さん、このまま行けば日本は滅びるよ」
とぽつんと呟いた。
「やっぱり九条をしっかり守りぬかなきゃ駄目だよね」
と言葉がつづいた。
瀬戸内寂聴/奇縁まんだら△122『日本経済新聞2010.2.7』
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