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2010.01.05

虫とのつきあい

日本語には、他の国にくらべて、「虫」の語のつく表現が多い。思いつくままにあげてみても、

飛んで火に入る夏の虫
一寸の虫にも五分の魂
蓼食う虫も好き好き(人の好みはさまざま)
虫も殺さぬ顔をして、あんなことをするんだから
かわいそうにあの娘、悪い虫がついて
やはり虫の知らせだったか、妙に朝から胸騒ぎがして
あまりにも虫がいい話だ
うちの亭主、また悪い虫が起きて
駆けつけたときは、もう虫の息だった
気をつけな、親方は虫の居所が悪いから(ふだんと違って、何かにつけて機嫌が悪い)
腹の虫が収まらない(気を静めようとしても、思い出すと怒りのやり場がない)
虫が好かぬ
虫を殺す(癇癪の起きるのをじっと我慢する)
ふさぎの虫
虫抑え(子どもに癇が起きないように飲ませる薬)
虫が起こる、虫気を起こす。(子どもが癇を起こしたり、回虫や栄養不良のために病気になること。また産気づいたことを虫気が起こる、ともいう)
本の虫、仕事の虫
弱虫、泣き虫

 これらの表現を英語に求めてみると、直接「虫」の語をもちいているのは、a bookworm(本の虫)とEven a worm will turn.(虫でさえ立ち向かってくる。→一寸の虫にも五分の魂)、そしてSome insects preferはもともと本につく紙魚のような虫のことである。「あの娘に悪い虫がついた」と日本語に訳すことのできる表現はあっても、原文では「好ましくないボーイフレンド」などの語が使われているのであって、「虫」ということばが使われているわけではない。したがって、「虫」ということばのつく表現が日本語に多いことは、日本文化のひとつの特性であるといってよさそうである。

 たとえば、長屋のおかみさんが、ばくちにいってしまった夫を嘆いて、「うちの亭主、また悪い虫が起きて」といっている場面を想像してみよう。「悪いのは亭主本人ではない、悪い虫がそうさせるのだ」というおかみさんのつぶやきには、亭主を徹底的に追いつめてしまわない、どこかに逃げ道を残しておいてやるようなところがある。相手を追いつめてしまえば、そこには破局があるだけである。何かわからない「虫」のせいにすることによって、救われることもあるであろう。これは人生の知恵といっていいのかもしれないが、また物事に黒白をつけることを嫌い、あいまいにしてしまう日本人の習性と通うところがあろう。

笠井昌昭/あいすべき虫たちと空想の世界―日本人は虫とどう向き合ってきたか―『針聞書 虫の知らせ』九州国立博物館2007年

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