僕たちがやらされていること
ニッシム 僕は徴兵されて半年で、この戦争に動員された。
ニッシム イスラエルは国民皆兵で、男子は18歳から3年間、女子は1年9ヶ月兵役がある。手当は1ヵ月150ドルだよ。僕たち歩兵は、戦車隊と一緒に、レバノン国境から500mの果樹園で、空爆が終わるまで2週間も野営していたんだ。空爆だけでヒズボラが壊滅するかもしれないと期待してた。でもヒズボラはしぶとく生き残り、イスラエルに向かってロケット弾を発射し続けた。
そこで、僕たち地上軍が投入された。僕たちの部隊の任務は国境から4km入った村までの道を確保することだった。戦車に守られてオリーブの丘を登って行くと、ヒズボラの拠点で、爆撃で廃墟になった村が見えた。銃声がした。廃墟に狙撃兵がいたんだ。
「衛生兵!」
僕は救命キットを持って、オリーブの古木の根元に倒れてる仲間に駆け寄った。ここで記憶が飛んでる。僕はどうやらクラスター爆弾を踏んじゃったみたいなんだ。気がついたらテルアビブの病院のベッドだった。右足の膝から下がなかった。
麻酔がまだ効いてるのか、痛みはなかった。右足はなくしちゃったけど、僕はひたすら嬉しかった。神に感謝したんだ。「神様ありがとうございます。これでもう戦場に行かずにすみます。これでもう、人を殺したり、殺されたりしないですみます」ってね。足をなくしたのに、感謝するなんておかしいよね。
アリ おかしくないよ。僕も神様にお祈りしてた。ニッシムをちょっとだけ怪我させて、戦場から返してくださいって。
ニッシム 僕たちのしたことって一体なんだったんだろ? 1ヵ月の空爆と地上戦で、レバノン側1700人(3分の2は民間人)、イスラエル側150人(3分の1は民間人)の死者を出した。7000発の爆弾、250回の艦砲射撃、100万発のクラスター爆弾。でも初めの目的「ヒズボラの無力化」も「拉致された2人の兵士の奪還」もできなかった。
山井教雄『まんが現代史 アメリカが戦争をやめない理由』講談社現代新書2009年
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