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2010.01.02

創傷治癒メカニズム

現在の人間を含む哺乳類の創傷治癒のメカニズムは次のようになっている。

 まず、損傷を受けた血管の破綻部から血小板が流出し、この血小板からカルシウムやATP、セロトニンなどが放出され、さらに各種の成長因子というサイトカインが分泌されることでマクロファージを中心とする各種の成長因子というサイトカインが分泌されることでマクロファージを中心とする各種の細胞が活性化し、創傷部の修復が始まる。 

 つまり、血小板やマクロファージを中心とするシステムだが、いずれの細胞も中胚葉由来なのであるしたがって、この創傷治癒システムは、中胚葉が登場した後に成立したことになり、三胚葉生物特有のものと考えられるのだ。正確なことは不明だが、海中で誕生した三胚葉生物は、血球成分(中胚葉細胞)を司令塔とする創傷治癒システムを獲得したわけである。

 では、なぜ血球を司令塔にしたのだろうか。その理由はおそらく、「中胚葉由来の組織は全身にくまなく分布しているが、外胚葉(一胚葉)や内胚葉(二胚葉)は体の一部にしか分布していない」ということではないかと想像される。傷は全身のどこにできるかわからない。だから、全身に張り巡らされた組織をもとに「傷を治すメカニズム」を組み立てるしかなく、外胚葉や内胚葉由来の組織ではそれに対応できなかったのだ。

 全身にくまなく張り巡らされているものと言えば血管と神経だが、分布密度は血管の方がはるかに高い。だから、傷ができたことを感知するセンサーを設置するなら血管系の方が理に適っているといえる。

 そして、血管が破綻した時に真っ先に反応するのは血小板であり、血小板は出血を止めるために集まって凝固し、出血部位を封鎖する役目を果たしている。それなら、この時同時に「傷を治すのに必要な細胞を集める」物質を放出すれば、出血と同時に傷の治療が始まることになる。この「傷を治すのに必要な細胞を集める物質」が、以前説明した細胞成長因子というサイトカインなのであるが、止血と同時に傷の治癒が始まるのだから、極めて合理的と言える。

 しかし、この「中胚葉を司令塔とする創傷治癒システム」も万全ではない。乾燥状態ではさすがに治癒機転がうまく働かず、治癒がストップしてしまうのだ。これは陸上生活では極めて不利であり、陸上動物は進化の途上で「乾燥状態でもストップしない創傷治癒システム」をなぜ獲得しなかったのかという疑問にぶつかる。

 だが、これはさすがに無理だったのだろう。なぜなら、このような「乾燥下でも進行する創傷治癒」を実現しようとしたら、細胞の基本構造レベルからの改変が必要になるからだ。いくら何でも、傷を治すために生命体としての基本構造を変えるのは割に合わないのである。それよりは、体の外表面を強固にして容易に傷が付かないようにする方が現実的であり、実際に陸上生活する動物たちもその方向に進化の道を選んでいる。

夏井睦『傷はぜったいに消毒するな』光文社新書2009年

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