雑踏の慰安
いくらか息がつけるようになったころ、御徒町の問屋街のなかのしもたや風の家に留守番がてら住んでいた。幼い娘をつれてふらりと、そのころ「みはし」のならびにあった本屋に立ち寄った。ほんのすこし立ち読みに心を奪われていたすきに、娘がいなくなった
さすがにちょっと蒼ざめて、通りを右往左往していると、通りがかりのおじさんが<子どもさんを探しているのではないか>とよびとめ、<山下の交番にいるよ>とおしえてくれた。あわてて交番にかけ込むと、娘はけろりとした顔をしていた。平あやまりにあやまって連れかえった。これは暗い記憶ではない。むしろ明るい出来ごとである。そのころは、夏の夜ごとに不忍池の納涼祭りに散歩にいっては、<うえの>の主のような顔をしてみせることがあったのではないか。幼時の佃祭りの記憶をたよりに、祭りのなかにわけてはいり、かぎりない慰安をかんじていた。わたしはもうだめだが、娘は平気で盆踊りの輪のなかで手振りをまねて踊っていた。」(「うえの挿話」)
石関善次郎『吉本隆明の東京』作品社2005年
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