読書する女
帽子のかげになっていてうつむいた顔は見えない。軽く組まれた形のいい脚は見える。私は上甲板から下甲板にいる観光客を見下ろしている。船はフィヨルドをゆっくり進んで行く。人々は左右の絶壁から流れ落ちる滝に歓声をあげているが、うつむいた女性は顔をあげもしない。本を読んでいるのだ。
私が読書する女性の姿を意識するようになったのは、そのときからかと思う。読む女性は絵画の主題にもなっているし、たしか映画にもなっていた。とすると本を読んでいる女性の姿に魅力を感じるのは私だけではないようだ。読書に我を忘れている姿には好もしい静けさがある。それは男でも子どもでもそうなのだろうが、女の場合、男の私はどうやらそこにそこはかとない色気を感じているらしい。その色気は顔やからだからではなく、本を読むという知的ないとなみからくるものだと思う。
谷川俊太郎/ノルウェイの船上で 週刊図書館『週刊朝日2009.11.27』
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