記憶に残りにくい痛み
痛みのうちファーストペインは「痛い」という感覚を起こすが、すぐに鎮まって、とくに不快なものではない。これでは、痛みを感じてからの逃避行動を起こせても、そこから学習することはできない。そこで、セカンドペインとしてじわじわと続く不快な感情を起こし、長期にわたってその状況を記憶にとどめさせるのだろう。
このように痛みは原始的な不快感を起こさせるため、すべての生物は、痛みを感じると冷静さを失い、立ちすくみ、痛みが引くまで心はすべてそのことで満たされてしまう。
それにもかかわらず、痛みは記憶には残りにくい。複雑に分化した、つまり情報量が多い感覚は手がかりが残りやすいが、単純な感覚である痛みは記憶としては残りにくい。どんなに強烈な痛みでも、それがいったん引くと、あっという間に記憶から抜け落ちてしまう。時間が経つと「痛みのあまり血の気が引いた」とか「痛くて泣きわめいてしまった」など、痛みそのものではなく、それに伴った事柄の記憶が抜け殻のように残るだけとなる。生々しい痛みの不快さそのものは、どうしても思い出せないのである。
しかし、そのことこそが大切なのかもしれない。もし痛みの不快さや辛い感情が、正確に再現できたとしたら、その人は繰り返し苦痛や恐怖にさらされることになる。どんな状況で痛みが起こり、その結果どんな行動をしたのか、ということだけを覚えていれば十分だ。
つまり、痛みというのは、二度と似たような刺激に近づくことがないよう、生体に大きなインパクトを与える。その一方で、痛みが去ったあとは、痛みそのものの感覚は記憶から去るとういうのは、じつにうまく仕組まれているといえるのかもしれない。
山口創『皮膚感覚の不思議』講談社ブルーバックス2006年
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