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2009.01.08

私の身体はチクワでして・・・

トポロジー的に考えたとき、人間の身体は単純化すると本当にチクワのような中空の管に過ぎない。消化管以外の穴はすべてチクワの表面に爪楊枝を刺して作った窪みでしかないことになる。

 トポロジー的にいってみれば、消化管は、ちょうどチクワの穴のようなものだ。口、食道、胃、小腸、大腸、肛門と連なるのは、身体の中心を突き抜ける中空の穴である。空間的には外部とつながっている。私たちが食べたものは、口から入り胃や腸に達するが、この時点ではまだ本当の意味では、食物は身体の「内部」に入ったわけではない。外部である消化管内で消化され、低分子化された栄養物が消化管壁を透過して体内の血液中に入ったとき、初めて食べ物は身体の「内部」、すなわちチクワの身の部分に入ったことになる。

 その成り立ちを考えてみると、子宮も全く同様に、それが身体の外部であるとわかる。子宮は皮膚の一部が内側に陥入してできた袋、と捉えることができる。その袋に、種が迷い込み、袋の奥深くに安置されていたもう一つの種と融合したとき受精卵ができる。受精卵が発生し、胚となり、赤ちゃんとなる間、子宮内は外的環境から守られてはいるものの、そこは厳密な意味での身体内部ではなく、いわばポケットのような窪みなのである。
 なかなかそうは思えないけれど、実は、人間の身体に空いている穴はすべて一種の袋小路であり、本当の内部ではない。耳の穴もそうだし、汗腺や涙腺のように体液が出てくる穴も、その穴に周囲の壁から液がにじみ出てくるだけで、その穴の底は閉じている。尿道もそうである。上皮の細胞が陥入して細い袋状の管を作りながら奥へ伸びる。途中に膀胱という貯水槽を作るが、そのさらに奥へと伸びる管はトポロジー的には袋小路である。袋小路の壁は腎臓の中で、血管の壁と隣接する。接した壁と管を越えて血液の余剰水分が老廃物とともに尿道へ染み出してくる。これが尿となる。

福岡伸一『できそこないの男たち』光文社新書2008年

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