体質の違いを遺伝子から見ると
私たちがお酒を飲むと、そのアルコールは門脈と呼ばれる消化器系に分布する静脈に運ばれて、肝臓にたどり付きます。そこでアルコールはいったんアセトアルデヒドに分解され、続いて酢酸と水に分解されます。この一連の化学反応には、それぞれの分解の過程で肝臓の細胞が持つ酵素が関与します。アセトアルデヒドは毒性の強い物質で、肝臓で代謝されずに血液中に流れ出すと頭痛などの原因となり、いわゆる二日酔いや悪酔いの状態を引き起こします。ですからアセトアルデヒドを酢酸に分解する過程は重要です。そのせいか、この過程には二つの異なる経路が用意されていて、ALDH1とALDH2と呼ばれるそれぞれ別の酵素(アルデヒド脱水素酵素)が関与しています。
ところで私たちのなかには、ほんのわずかなお酒を飲んだだけでも真っ赤になったり、すぐに気持ちが悪くなる下戸の人もいれば、いくら飲んでも顔色一つ変わらない酒豪もいます。実はその違いは、体のなかでALDH2酵素が正常に働くか否かにかかっているのです。ALDH2をコードしている遺伝子は、ヒトの第一二番染色体にあります。この酵素の四八七番目のアミノ酸は正常型ではグルタミン酸ですが、このグルタミン酸がリジンというアミノ酸に置き換わっている人がいます。DNA配列で言うと、グルタミン酸をコードするGAAという配列の先頭のGがAに変化して、リジンをコードするAAAになっているのです。このDNAが一か所で置き換わっただけで、ALDH2はアセトアルデヒドを酢酸に分解する能力をなくしてしまいます。お酒の強い人は正常型の、弱いヒトはこの変異型の酵素を持っているのです。
余談ですが、この遺伝子は両親から受け継ぐのですから、正確に言うと私たちのなかには、正常型のALDH2をセットで持っている人と、一つ持つ人、まったく持たない人の三つのタイプがあることになります。そうなると、一つだけ持っている人は、お酒の強さに関して言えば、ちょうど中間の能力を持つと考えたくなりますが、事情はちょっと複雑です。実はALDH2は、この遺伝子から作られるタンパク質のユニットが四つ合体して機能していますので、そのなかに一つでも変異型を持っていると正常に働きません。ですから四ユニットすべてが正常型で構成されるのは確率的には十六分の一になってしまうのです。つまり正常型の遺伝子を一つ持っている人のアセトアルデヒド分解能力は、二つ持つ人に比べると約六%ということになります。
ここまでは、私たちが日常生活で気がつく「体質の違い」といったものが、遺伝子に基礎を置いているというお話です。一般にはこのようなことがわかってくると、ではALDH2が体内でどのように働くのか、あるいは変異型ではどうして正常の機能を失うのか、といったことを研究するのが普通です。しかし、それではこの変異型の遺伝子の分布はどうなっているのだろう、というところに注目するとテーマは俄然人類学の分野のものになります。
篠田謙一『日本人になった祖先たち』NHKブックス2007年
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