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2008.10.02

一流国という幻想

鶴見 私は十六歳から十九歳までハーヴァード大学にいましたが、アナキストだという自分の証言を逆手にとられて途中で牢屋に入れられちゃったから、通っていたのは二年半に過ぎない、ちゃんと飛び級で卒業させてくれたけど。その二年半はものすごく勉強した。先生たちは本当にすぐれた人だった。

鶴見 でもね、記号論理学に私がした寄与はゼロです。これに対して、小学生の頃に毎日三時間かけて神田を歩いていたときの経験は、それこそ創造の源泉だった。
 学校で成績の良かった官僚たちは、そういうことを理解しない。先日、文部科学大臣が、これからは研究費を増やして、ノーベル賞受賞者を三十人増やすと言いましたね。あんなことを大臣が臆面もなく言えるのは、世界でもめずらしい。他ではあり得ない。つまり、学問の創造性をそんなものだと思っている。低劣だね。大学の秀才ってダメだな~。私はもう東大に対して全く否定的です。成績が一番で何になる、オレは小学校でさえビリから六番だと(笑)。
 経済統計からも、文化統計から見ても、日本はいま二流国ですよ。そのポジションをしっかり見つめて未来を考えなくてはいけない。資源は非常に少ないのだから、それを踏まえて、世界の中のどういう三流国になるか、道筋を考えることです。ところが日露戦争以来の幻想で、まだ一流国の末端にいるような気になっているし、アメリカの言うとおりになっていればそういられると思っている。その錯覚が問題だと思うね。もし、この十巻のあとを書く力があったら、そのことを書きたいですよ。
中島 これから何が必要だと思われますか。
鶴見 学校の外で育つ人材、育つ場所が必要でしょう。いまは学校を途中でやめちゃうと、どこにも行き場がない。犯罪しかないわけだよね。それは困る。転んで挫折しても、また立ち上がれる場所がないとダメです。失敗こそが思想の力の源泉なんですよ。失敗を怖れて成功の上に成功を積んだところに、創造的な未来なんてない。
 明治の偉大な人の多くには、失敗をかみ締める時間があった。私のじいさんの後藤新平は、牢屋で漢詩をつくった。「荘子は胡蝶を夢に見た。胡蝶はどこにでも飛んでいく。こういう場所では、スケジュールなんて考える必要はないのだ」と。彼はその後十年ほど経つと鉄道大臣になるけれども、牢屋の中では、時間表なんて考える必要はないという詩を詠んでいる。
 獄中で詩を詠む。そういう境涯が、いまの日本人にはないでしょう。たとえば少年院なんかは、果たして失敗をかみ締めて立ち上がる場所になっているのかな。そういう意味では、私にとっての少年院はアメリカだったわけだけど(笑)。そのあとを日本にもどってからの軍隊が実刑にあたる(笑)。

鶴見俊輔(評論家)×中島岳志(北海道大学准教授)/ちくま学芸文庫「日本の百年」完結記念 鶴見俊輔インタビュー 近代をつくった幕末明治の日本人『ちくま2008・9』

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