線香の灰が砕ける音
―現在の、死生観をお聞かせください。
「千日回峰行の最中は毎日、草鞋を履き潰します。昨日のものは脱ぎ捨て、今日は新しい草履に足を入れる。つまり、一日が一生なんです。今の自分は、今日でおしまい。明日からは新しい自分に生まれ変わる。1000日であっても、2000日であっても、いつも第一日目という気持ちで歩き続けること。これが最高に充実した生き方じゃないかな。だから気付いたら行が終わってた(笑)。
今日も一生懸命生きた。お陰様で無事に一日を終えることができた。そうやって生きていくこと。それすなわち、行なんです」
―千日回峰行の内容を教えてください。
「7年間にわたり、行程が細かく決められています。最初の3年は100日ずつ、4~5年目は200日ずつ、比叡山の三塔十六谷を礼拝して歩く。歩く距離は1日あたり約40km。
出峰の朝は夜中0時起床。お滝で身を清めてから本堂でお勤め(読経)後、1時半出発。260か所で祈願礼拝をしながら、8時間かけてお山を回ります。午前9時半に寺に戻ると、すぐに本堂で朝のお勤め。それから入浴して朝食です。1時間の仮眠後、午後からは護摩炊き。夕方のお勤めをしてから、入浴して8時就寝。睡眠時間は4時間程度ですね」
―お食事はどんなものを。
「平素、食事は朝と晩の2回、同じものを食べます。胡麻豆腐1丁、ふかしたジャガイモ1~2個に、そばかうどんを1杯。それだけ。余計なものは体に入れませんから、変な話、お通じは週に一度くらいです。食べたものはもう、全部消化してしまうんでしょうね。出家前は、酒も煙草もちゃ~んとやっていましたけど(笑)、今は体が受け付けないわね。
さて、5年かけて700日回峰を満行すると、次に待ち受けているのが<堂入り>です。
9日間、断食、断水、不眠、不臥。不動堂に籠り、十万遍の不動真言と法華経全5巻を唱え、不動明王と一体になる。千日回峰行の中で最大の、生死を懸けた荒行です。
生きて出堂できるかどうか分からないことから、堂入りは別名<生きた葬式>と呼ばれ、堂入り前は一山の僧たちと今生の別れの儀式をすませてから籠る。堂入りから無事生還した者は<生身の不動>、即ち<生き仏>になるといわれています」
―常人なら、間違いなく命を失う荒行です。
「実際ね、2~3日ほどで唇が裂け、4日目からは手に死班が現れた。あたりには、私の体から発する死臭が漂っていたらしいね。
睡魔に襲われるのは最初の2~3日。朦朧として、なんだかいい気持ちになってくる。
このまま目をつぶれば、すうっと楽に死ねるような・・・・・・。すると、もうひとりの自分が現れて"ちょっと待て"と諌めてくれる。
そこを過ぎると、今度は感覚が異様に研ぎ澄まされてくるんですよ。線香の灰が落ちて粉々になる様子が、まるでスローもションのように、ゆっくり鮮明に見える。灰が砕ける音までが"ドサッ"とはっきり聞こえた」
―まさに、生と死の極限状態。
「そもそも行とは、生死の境にある刃の上を歩くようなもの。万一、命を落としたとしても、行で死ぬるのは行者の本望と違うかな。<生身の不動>、即ち<生き仏>となるためには、断食断水によって五臓六腑から汚れを排出して、全身が新しい細胞に生まれ変わらなければならない。堂入りは、そのための儀式なのです。堂入りの終盤になると、自分の体内がきれいに浄化されて、まるで体全体が透明になっていくような感じがしましたよ」
サライ・インタビュー酒井雄哉(天台宗大阿闍梨・82歳)『サライ2008.11.6』小学館
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