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2008.07.03

オバマ演説の魅力

井上 先日の毎日新聞に、とても興味深い記事(三月四日付夕刊)がありました。「なぜオバマ候補の演説が人々を動かしているのか」をテーマに、大学教授の方々も加えてオバマ演説を詳細に分析しています。

井上 オバマさんの演説は、「何かが起こりつつある(There is something happening)」から始まる。このフレーズを冒頭にぽんと置いて、まず、聞いている人の心を摑む。そして間をとってから、「変化です!(Change!)」とつづける。実際変わることはそう簡単ではないと聴衆がいぶかるところに、奴隷制度など過去の具体的事例を引用して、再度「チェンジ」と畳み掛ける、ここから観客も一体となった「イエス・ウィ・キャン!」とつながっていく。奴隷解放という過去から、変わらなければいけない現在、そして希望がある未来へと、話し手と聞き手がともに前進していくわけですね。
 この記事を読んで、オバマさんの演説はとても演劇的、物語的だと感心しました。サブプライムローン問題などもあって現在のアメリカには深刻な閉塞感があるらしいが、そこへ「チェンジ!」という一語で希望を掲げて前へ進む力を生み出していく。こういう演説を日本の政治家から、日本語で聞きたいと思いました。
丸谷 ぼくも読みましたが、おもしろかったですね。記事によると、オバマさんの演説がひじょうにわかりやすい言葉と平易な言葉遣い、それから受け身の文章を多用せず、同じ言葉を繰り返すと分析されていました。これによって、演説会場が劇場のように一体化していくそうです。日本の政治家の演説では、目にすることのない風景ですね。
井上 「チェンジ」という一単語で、イラク戦争も変わるだろう、サブプライムローン問題も変わるだろうと、聴衆に希望が伝染していきます。そこから「何かを変えていこう」というエネルギーが全体に生まれていくわけです。
大野 私も、オバマさんの演説は簡単な言葉が特徴だと思います。それを繰り返すことで「何かが起こる」「チェンジする」と聴衆に強く訴えることができる。僕は当初、ヒラリーさんが勝つと思っていましたが、すぐれた演説でオバマさんが流れを変えましたし、僕のオバマさんに対する見方も変わりました。
井上 簡単な言葉を使っているといっても、小泉純一郎さんの「ワンフレーズ・ポリティックス」とは違います。小泉さんの言葉は、暴力的でうしろ向きすぎます。小泉さんの「ぶっ壊す」は、今わたしたちが歩いている道を「ぶっ壊す」という感じですが、オバマさんの「チェンジ」は、歩いている道の少し先に明かりを灯して、そこまで行きたいと思わせます。道をぶっ壊してしまったら、希望が失われます。政治家でも物書きでも、やはり行く手にいささかでも希望や光明を見せなくてはならないと思います。
丸谷 この記事を読んで、日本の政治家とはずいぶん違うと思いましたが、日本も昔から今みたいだったわけではないんですね。東條英機に殺された中野正剛は、戦局の悪化と政府の統制の失敗を批判する名演説を行い、ひとりで日比谷公会堂を満杯にしたといいます。そういった昔の「雄弁」が、今は跡形もありません。なぜ雄弁が衰退したのかと考えていくと、それは実は簡単で、今の政治家には語るべき内容がないからだという結論に至ります。中野正剛には語るべきことがあった。名演説家といわれた斎藤隆夫にも、「粛軍」や「日支事変反対」という、語るべきことがあった。
井上 ちゃんとした意味がちゃんとした形式を与えるということですね。
大野 最近は、自分は今後の日本をこうしていきたいと、一国の総理がきちんと自分の言葉で語れなくなりました。今の日本の政治は醜悪です。今の総理も語れませんが、その前も、その前の前の総理も同様です。年金問題を見ても、五千万件という膨大な量がはっきりしないといいます。しかしこうした問題について、総理がどう考えているのかがきちんと聞こえてきません。

大野晋(国語学者)×丸谷才一(作家)×井上ひさし(作家)/「KY」が日本語なんて・・・『文藝春秋2008・6』

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