私と結婚してください
井上 今、欧米の学校では、小学五年生から中学二年生くらいまでの四年間ほど、徹底的に要約をやらせているそうです。たとえばトマス・マンの『魔の山』を読ませて、自分の考えや感想は入れずにとにかく作品を短くまとめさせる。そうやって物語の細部ではなく骨格を捉えさせる。日本語でいえば起承転結にあたる部分をきちんと見ないと、要約はできません。そのためには、まず現物にあたって構造を捉えないといけないのですが、この教育方法がかなり効果を上げているようです。今後はこれを、セールスの時にたとえば商品にまつわるストーリーを相手に伝えてアピールするなど、ビジネスに取り入れようとしていると聞きました。数年後には日本でも流行するのではないでしょうか。
井上 これはイギリスの英語教育で、たとえば『マクベス』の原作をなんども読み込ませる。それから芝居の『マクベス』を見せて、「マクベスの王様殺しが起こった翌日のロンドン・タイムズを作りなさい」という問題を与える。そうすると、とてもユニークなものができてくるんですね。「殺された」という大見出しが踊っているかと思えば、社説では「どうしてイギリスでは王様殺しで王朝を継続しなければならないのか」とまじめに論じていたり、小さなベタ記事で「後任にマクベス氏有力」などと書いてあったりするんです。(中略)
井上 今まで聞いた中で傑作だと思った試験は、フランスの大学入学試験であるバカロレアで、むかし出された作文の問題です。『幸福論』を書いたアランが、「夜のセーヌ川に飛び込もうとして女性が立っている。君は言葉で彼女を引きとめられるか」という問題を出題して、後に作家になったアンドレ・マルローが、たった一行「私と結婚してください」という答えを書きました。やや伝説的ではありますが、これが一番簡単でおもしろいと評価され、高得点をもらったそうです。
それから、アインシュタイン博士が相対性理論を発見した時に何がヒントだったかと尋ねられて、「自分が光になってみた」と答えたという話も、なるほどと思いました。つまり、人間は言葉を媒介にしていろいろな存在になれるということを言っていると思うんです。言葉を使えば、人間は正反対の場所へも行けるし、宇宙へも到達できるかもしれません。言葉にはそれだけ大きな可能性があるのに、今は言葉を使っていると称してその実、言葉はベタッとどこかに張り付いて自由ではない印象を受けます。可能性が失われています。
丸谷 だから言葉が空虚になっている。
大野晋(国語学者)×丸谷才一(作家)×井上ひさし(作家)/「KY」が日本語なんて・・・『文藝春秋2008・6』
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