村を出る日
限界集落化が進むとスズメも村を出ていくことが、石川県白山自然保護センターの調査で判明した。
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米ユタ州で、8月から州職員2万4000人の7割、約1万7000人を対象に、金曜から日曜までを休みとする週休3日制を試験的に導入することにした。
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制作の仕事は交渉や折衝や依頼の連続です。修羅場で実感してきたのは、「自分は本当にこれをやりたい!」という一念ほど強いものはないこと。利害の異なる相手を説得するのはやはり「この舞台が観たい!」という強烈な動機です。
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松井 いま盛んに「地球が大変だ、大変だ」と言いますが、最も重要なのは人間圏の拡大を抑制することです。人間圏が異常に肥大化しているので、その急速な拡大を抑えようという負のフィードバック、つまり大きくならないような作用が、いま地球システムの中で働いているわけです。現在の地球環境問題や資源エネルギー問題、災害、食糧問題なども、そうした負のフィードバックがもたらしたものです。
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休憩の時間にS軍医と話したが、彼の見立てでは、今回の大地震によって幼稚園児から十八歳の高校生までの未成年者が少なくとも一万人は死んでしまったということだった。
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――当日の診療記録。<便のにおいがする。本当に出たんだ。また、下着を替えたり、足がぶつかったりしながら、帰ってきた。ようやく布団に戻る。横になるがすぐ「起こせ」と座位になる。三回目のトイレ。さすがに妻と娘は疲れ果てて、息子一人では運び出せない。俺の出番だ。トイレに行き、息子と二人で布団まで運ぶ。まだ息がある>
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彼らは特別な存在ではない。貧困で悩み、生活相談に駆け込む人々に対して、しばしば、「すぐに他人を頼りにする」「自助努力が足りない」と非難の声が挙がるが、実際に彼らに接してきた私からすると、それはまるで当たっていない。彼らの多くは、誰の手助けもなく貧困のただなかに放置され続けても「やっていけない自分が悪い」と自責の念にかられ、何日も満足に食事も取らず、小銭程度の持ち合わせしかなくなってなお、「他人のお世話になっては申し訳ない」と考えてしまう人たちなのだ。ある意味で、彼らは強すぎる「自己責任」に縛られて、身動きがとれなくなっているのである。
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――本人の「やる気」をもう一度取り戻せる方法はありますか?
「それが、われわれの病院です。ここへ来た患者様の大部分は、他なら寝たきりとなっていた可能性が大です」
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この四半世紀に、脳卒中の常識は百八十度転換した。ひと昔前には、「その場で絶対動かすな」といわれた。しかし二十一世紀の今日は、「一刻も早く救急車で病院へ搬送せよ」「寝かせきりにな」である。この劇的な変化をもたらしたのは、発病直後における急性期治療の進歩ともう一つ、チーム医療で世話する回復期リハビリテーション病院の存在が大きい。
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8ヵ月間で計28時間35分にわたり勤務時間中に職場を離れたとして、宮城県は地方機関勤務の47歳の男性職員を戒告処分にした。
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「ここ数年における放射線治療の進歩は著しく、正確な診断とがんの測定に基づき、コンピューター上で治療計画を作成することで、高エネルギー放射線を『がん』にほぼ100%計算どおり集中させることが可能になってきました。特に重粒子線治療は、体への負担が軽く、がんの再発率もケタ違いに低いことは医学的な事実です」
と語るのは、放射線医学総合研究所(千葉県=以下、放医研)重粒子医科学センター病院の加藤博敏第一治療室長だ。
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キリシタン殉教というと長崎を連想しがちだが、京都でも元和5年(1619)に「大殉教」があり、キリシタン52人が鴨川の六条河原で火あぶりに処された。この殉教者らを今秋、ローマ法王庁が「福者」に列するのを機に、信者や市民有志がこの事件を劇に(「炎の十字架」)にし、上演する。
B級重大ニュース『週刊新潮2008.7.17』
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エコで人気上昇のバイオディーゼル燃料(BDF)。北海道帯広市でも家庭の廃てんぷら油を精製したBDFをゴミ収集車で使い始めたが、朝から夕方までBDF車を走らせる作業員の一部が、胸焼けして気分が悪くなる「油酔い」の症状を訴えている。現段階で作業に支障は出ていないが、気温が30度を超す夏場はキツいかも、との声も。
B級重大ニュース『週刊新潮2008.7.17』
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男性は平均体重の四五%が筋肉です。女性の場合は同三六%。その筋肉の七五%は、おへそから下に存在しています。そして、筋肉が発達すると、その周りには毛細血管がいくらでも増生します。若い時は誰でも尻が大きいし、太ももも太い。ということは毛細血管も多いから下半身に多くの血が行きます。これは、頭寒足熱といって非常に健康にいい状態にあるということです。
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岩合 ぼく自身は、動物にあんまり興味がなかったんです。興味があるのは、女性、のファッションとか(笑い)。
北原 それがなぜ、動物写真家の道に?
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「がんばれ仏教!お寺ルネサンスの時代」の著者である上田紀行・東京工業大学准教授(文化人類学・社会理工学研究家価値システム専攻)に、お寺の現状と存続していくにはどうすればいいのかを聞いた。
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ドラッカーは、弱みは気にしない。山あれば谷あり。むしろ、まん丸の人間には魅力を感じな。ところが、一つだけ気にせざるをえない弱みというものがある。それが、真摯さの欠如である。真摯さが欠如した者だけは高い地位につけてはならないという。ドラッカーは、この点に関しては恐ろしく具体的である。
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―オシム監督は今までも深遠な言葉で自身の生き方を表していました。この病気で倒れた後に人生観は変わりましたか? また突然、体が病んだことでご自分の哲学のようなものが新たに固まった部分はあるのでしょうか。
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高橋梵千の『日本人口史之研究 第三』には、捨て子をめぐる陸奥国二戸郡金田一村の生祠「道根神社」の祭神「森三太郎」の話が記録されている。森三太郎は、一八六五年(慶応元)三月八日、陸奥国三戸城下に、久蔵三男として生まれ、一九三〇年(昭和五)四月一日、六十六歳で没している。
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井上 最近もうひとつ気になっていることは、言葉が身体性を失っているのではないかということです。あまりに便利な世の中になったので、僕たちは外出しても言葉を使う必要がないですね。駅員さんに「切符一枚」と言って切符を買う機会もありません。「Suica」で自動改札を通ればいいわけです。パソコンのおかげで、買い物のために外に出る必要もなくなりました。昔は一冊の本を手に入れるために、電車に乗って本屋さんへ行くことも珍しくありませんでした。ところが、体を動かさずに欲しいものが手に入る時代になったことで、人間は体の感覚を忘れてしまったのではないでしょうか。身体性を伴わない言葉と、伴っている言葉では、何かが違うと思います。シェイクスピアの芝居を読むと、そこで使われている抽象的な言葉ひとつに、言葉と書き手の体がいっしょにあると感じますし、その抽象的なことがらを手に入れるまでに、書き手が身体を使って勉強したんだろうと思うんです。ところが今は、日常の中で言葉を使わないでいるうちに、逆に使えなくなってしまったわけですね。パソコンや携帯のおかげで、活字を読む時間は増えているんだそうですが・・・・・・。僕は携帯電話を持っていないので読んだことがないのですが、これはケータイ小説の流行とも関係があるあかもしれません。
大野晋(国語学者)×丸谷才一(作家)×井上ひさし(作家)/「KY」が日本語なんて・・・『文藝春秋2008・6』
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井上 今、欧米の学校では、小学五年生から中学二年生くらいまでの四年間ほど、徹底的に要約をやらせているそうです。たとえばトマス・マンの『魔の山』を読ませて、自分の考えや感想は入れずにとにかく作品を短くまとめさせる。そうやって物語の細部ではなく骨格を捉えさせる。日本語でいえば起承転結にあたる部分をきちんと見ないと、要約はできません。そのためには、まず現物にあたって構造を捉えないといけないのですが、この教育方法がかなり効果を上げているようです。今後はこれを、セールスの時にたとえば商品にまつわるストーリーを相手に伝えてアピールするなど、ビジネスに取り入れようとしていると聞きました。数年後には日本でも流行するのではないでしょうか。
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大野 これはすべて、「物事をきちんと見る」ことを日本人がおろそかにしてきた結果だと思います。今の日本では、見ることと言葉を発することがばらばらになってしまっています。物事をきちんと見ていないので、きちんと語れないわけです。
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井上 先日の毎日新聞に、とても興味深い記事(三月四日付夕刊)がありました。「なぜオバマ候補の演説が人々を動かしているのか」をテーマに、大学教授の方々も加えてオバマ演説を詳細に分析しています。
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老人医療の増加原因の一つとされるのが終末期医療での集中的な治療である。一人平均112万円が死亡直前の1ヵ月に費やされている。新渡戸文化学園・短大学長で、医学博士の中原英臣氏が説明する。
「1950年代には80%の方が自宅で亡くなっていました。しかし、現在では数字が逆転して、80%余りの方が病院で死を迎えます。理由はいろいろですが、死亡から逆算して24時間以内に患者を診断していない医者は、死亡診断書を書けない、つまり不審死とされかねない法律があり、それも病院死を増やしている一因でしょう。結果論ですが、臨終間際の病院で、患者はさまざまな治療を施されます。点滴の管を何本も取り付けられたスパゲッティー状態の患者さんが生まれ、病院はこうした局面でお金を稼ぐのです」
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