60キロかつぐ入社試験
神戸では、沖仲仕は日の出から日の入りまでざっと12時間が労働時間という定めだった。そして、その間やることといえば、並はずれた力仕事である。ひとりで、綿ならネコ(手押し一輪車)で40貫(約150キロ)を引き、米なら200キロ近いドンゴロス(麻袋)をかついで歩み板を渡る。それに、10メートルを超える高拼(高所への積み上げ・積み下ろし)で転げ落ちり、畚(もっこ)から滑り落ちた哲で頭を打ったりという危険といつも隣り合わせの作業である。
当時、神戸の港湾荷役請負業で唯一つ会社組織になっていた上組の入社試験は、思い荷物をかついであぶみ(歩み板)を歩くことだったという。もっとも、日本鋼管でも、60キロの鋼鉄の塊をかついで50メートル走るのが入社試験だったというから、どこでも体力勝負だったともいえるのだが、ともかく頑健な体力と膂力なくしてはできる仕事ではなかった。逆にいえば、それさえあれば、だれでも次の日からできる仕事が沖仲仕であった。
宮崎学『近代ヤクザ肯定論』筑摩書房2007年
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