理論負荷
実は、医者が胸部X線写真をライトにかざすとき、彼が診ているものは、胸の映像というよりはむしろ彼らの心の内にあらかじめ用意されている「理論」なのである。もし、結核であれば、左右の肺下部のくさび状先端にわずかに水の線が見えるはずであり、もしそれがガンであれば普通とは違った毛細血管の走行が現れるはずだ。彼らの目にはそのような「理論」が前もって負荷されている。
数値、図表、顕微鏡写真、X線フィルム・・・・・・確かに、科学データは客観的に見える。しかし、データAを目にしているすべての観察者が、まったく同じ客観的事実A'を見てとっているわけではない。一見は、百聞に勝るかもしれない。が、その一見がもたらすものは異なる。そしてその異なり方、つまりデータが一体何を意味しているのかとい最終的なアウトプットは常に言葉として現れる。その言葉を作り出すものが理論負荷というフィルターなのである。
ワトソンは、不正な方法で入手されたロザリンド・フランクリン撮影のDNAデータを見たとき、どの程度、"準備された心(プリペアード・マインド)"、あういは理論負荷があったのだろうか。彼の自伝『二重らせん』によれば、ウイルキンズがこっそり見せてくれたX線写真を見て、そのデータが意味するところを瞬時に理解して稲妻に打たれたかのごとき衝撃を受けた様子が描かれている。
「その写真を見たとたん、私の口はあんぐりと開き、鼓動が高鳴り始めた(my mouth fell open and my pulse gegan to race)」(筆者訳)
福岡伸一『無生物と生物のあいだ』講談社現代新書2007年
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