精神の差
1995年の1月に阪神大震災がありました。大阪の我が家から少し離れた所でも家が倒壊したりしていたんですが、テレビの中継で神戸市長田の焼跡からみんなが何かを探しているのを見たんです。
若い夫婦は写真がないかと思ってとか言ってましたね。その画面の後ろ隅にテレビなんか全く気にも留めずに一心に何かを探している婆さんがいるんです。レポーターの人が近づいて行って何をお探しですかと尋ねたんです。その時初めてテレビカメラに気づき、そして彼女はあまりにも当たり前だろ、何を聞くんだというように、位牌をですって言ったんです。ぼくには衝撃でした。家が崩れて真っ先に果たして位牌を探すだろうかと。これは自分にはないと思いました。戦後ちょうど五十年というその時、ぼくは当時二十歳、婆さんとぼくの年の差が作った精神の差というか、宗教に対する感性の変わりようというもの、これは大きいなと思いましたね。この差を考えなければと思っていたところに今度はオウムサリン事件が起こるんです。しかし世間の反応はしばらく宗教は危ない、オウムは危ないとそればっかりでした。意味を考える奴は迷惑だ、そういう世の中でしたね。
中島岳志(近現代史家)/わが秘なる東京 中央区日本橋室町三井本館前『ツインアーク2007・5vol55』東京商工会議所
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