ミスター・サイレンスと言われた男
チョ・スンヒが残した"遺言"
この日を避けるチャンスと方法が、オマエたちには腐るほどあったはずだ。だがオマエたちはオレの血を流すことを決めた。オマエたちはオレを隅に追いやり、たったひとつだけの選択肢しか与えなかった。この決定はオマエたちが下したものだ。いまオマエたちの手のひらには、決して洗い流すことのできない、血があふれている。
オレはこんなことをする必要はなかった。立ち去ることもできた。逃げることだってできた。でもそうはしなかった。これはオレのためではない。オレの子供たちや、オレの兄弟・姉妹たちを屈辱的な目にあわせてきたヤツらのためにやるのだ。
オマエたちはオレを愛し、そして苦しめた。オマエたちがオレの心を汚辱し、オレの魂をレイプし、オレの良心を燃やした。オマエたちは、ただの哀れな青年の命を滅ぼしたと思っているだろう。オマエたちにかんしゃするよ。オレはイエス・キリストのごとく死んでやる。か弱く、そして無防備な人々を、奮い立たせるために!
オマエたちにオレの気持ちが分かるというのか。顔にツバを吐きかけられ、自分で自分の墓を掘り、クソみたいなものを押つけられるこの気分が! 生きたままで、火にあぶられるこの気分が! 十字架に串刺しにされ、辱めを受ける気分が! オマエたちの慰みのために血を流して死ぬこの気分が!
オマエたちはオレに、可能な限りの苦痛を与えたかったのか。そうするだけの力がオマエたちにあるというだけで。
オマエたちは望むものすべてを手にしているくせに。メルセデスベンツでも満足しないクズども! 金のネックレスでも満足しない俗物たち! オマエたちは資産があっても満足しない。ウォッカとコニャックを飲んでも飽きたりない。どんな道楽にふけっても満足しない。こんなものではオマエたち快楽主義者の欲求は満たせないというわけだな。オマエたちはそれらすべてを持っているというのに。
時は来た。オレはやってやった。やるしかなかった。
チョ・スンヒ"狂気の素顔"『週刊現代2007.5.12』
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