欽督という仕事
でね、とにかく行動に移そうと、日本野球連盟にトコトコ出かけていったの。どうせ門前払いだろうと思っていたら、向こうさんが「おもしろそうですね」って言ってくれてビックリ。気軽に「おやりになったらいい」と。いやあ、言ってみるもんだよねえ。それで、クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」の監督になっちゃいました。
でもね、ボクなんかが"監督"って呼ばれるのは、ほかの監督さんたちに失礼になってしまうでしょ。だからね、ボクは、選手たちには軽い感じで、"欽督"って呼ばせているんです。ただ、迫力がなくてねえ、「キントク、キントク」って(笑)。(中略)
今、ボクは65歳だけど、このごろね、「いい年齢を迎えたなあ」って思うのね。だって、何をやっても親にも先生にも怒られないもの(笑)。相当、突飛なことをやっても、周りが大目に見てくれますから。
だからね、人生の中で一番いいときに、野球という最高にわくわくできるものにたどり着けたのは、とっても幸せなことだって思うの。小さいころから野球が下手で観戦専門だったボクが、野球チームを率いているんだから、そりゃあ気分は最高ですよ。
みなさんも、一度くらいは「野球監督をやってみたい」と思ったことがあるんじゃないかな。テレビの前で「この場面じゃ、そいつが代打じゃないだろ!?」とか言ってるはずだもんね。
で、そんな"夢"を実現させたかったら、まず行動だと思うのね。自分でコトコト歩いていき、目の前の扉を押してみればいいだけのことなんですよ。
ただ、若いときは"夢"を追っちゃダメなの。だって、悲しくなっちゃうもん(笑)。若いときは金も力も経験もないから、がむしゃらに"夢"を追ったって空回りしちゃうの。だから、若いときは、しっかりした"目標"を持ってね、それに向かって地道に頑張るの。
で、年を取って引退したら、そのときこそ、"夢"を見ましょうよ。みなさん、経験も積んで余裕もできて、その上、いろんな責任から解放されたんだから、今度は"夢"を追おうよ。
そのときの"夢"っていうのは、自分一人だけじゃなくて、みんなを楽しませ幸せにするものがいいね。ボクが欽督になったのも、問題もあったけど野球を続けているのも、日本人みんなが好きな野球を、ちょっとだけでもにぎやかにしたい気持ちから。
ボクは、そんな"夢"に向かって走りながら、残りの人生を送りたいんだなあ(笑)。
萩本欽一/もうひとつの生き方『時・の・動・き』2007・4』内閣府編集
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