美に敏、醜に鈍
私は職業柄、色々と日本の地方をまわることは多いのだけど、これはもう掛け値なしに正直なことを言って、佐渡よりも美しい日本の田舎を私は知らない。
両津の港から、新穂、真野、佐和田に至る国仲平野の町々は、伝統的な日本家屋に黒い瓦を載せて、静かに穏やかに清潔に佇んでいる。多くの日本の農村にありがちな、放っておかれた廃屋、壊れっぱなしのクルマ、そういったものが、この島の風景にはない。きっと佐渡の荒海がそういったものをすべて洗い流してくれているのであろう。そう思うほど、佐渡には「醜いもの」が少ない。
実はこれはこの日本の風景の中では稀有なことなのである。
日本通で知られるアメリカ人学者、ドナルド・キーン氏は、
かつて日本人の美意識について、こう書いたことがある。
「日本人は美には敏感だが、醜には鈍感だ」
けだし名言だと思う。我が民族は有史以来、数々の美しいものを作り、育ててきたが、同時に醜いものに関しては異様なほどに寛容だった。
現在でもと都会、田舎を問わず、「醜」はこの国にあふれかえっている。数々のサラ金の看板、ぎらぎらと光り輝く安売り電器屋のネオン、電柱、ゴミ、立ち小便、痰、そういったものが、なんの疑問もなく風景の中に違和感を放っている現実。それが日本のありふれた風景だ。
疋田智『サドルの上で考えた』東京書籍2003年
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