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2006.04.22

1980年12月8日

その時、俵孝太郎の読み上げた一行が、ボクの背筋を凍らせた。
「元ビートルズのメンバー、ジョン・レノンさんが、自宅アパート前で射殺されました」

 信じられなかった。驚きすぎて気分が悪くなった。つい何日か前に、五年間の休業から明けて、新しいアルバムを出したばかりじゃないか。今日も、さっきまでボクはカセットに録音した、その「ダブル・ファンタジー」を聴いていたところなのだ。
 シングルカットされた、そのアルバムの一曲目のタイトルは「スターティング・オーバー」。五年間ずっとジョンの音楽活動再開をボクは待ち望んでいた。そして、待った。なぜなら、ボクらを待たせて休業する理由を、ジョンは子育てのためだと言ったからだ。ボクはショーンをうらやましいと思っていた。ジョンを素晴らしいと感じていた。その父親のあり方に憧れを抱いていたからだ。
 スターティング・オーバー。「再出発」という曲と一緒に帰って来て、立ち上がった瞬間に凶弾に倒れたジョン・レノン。
 犯人はその「再出発」を心から喜んでいたボクと同じファンだった。引き金を引く数時間前「ダブル・ファンタジー」のジャケットにジョンのサインをもらっている男。
 わけのわからない死。わかっていることはジョン・レノンが今日死んだという事実。
 こんなことが、時間経過の中で、老い、朽ち、廃れ、崩れ、倒れていくのだと思っていた。
 突然、何の脈絡もなく訪れる死もある。その死を意識すれば、生きていることも恐ろしくなる。どんな想いも、未来も、その前ではなんの意味もない。
 ジョン・レノンの死が世界中の人々になにかをもたらしたように、ボクの心にも大きな影響を残した。
 早くしないと死んでしまう。早く行かないと死んでしまう。人は必ずいつか死ぬ。

リリー・フランキー『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』扶桑社2005年

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