それまで何だと? <人間>です
魚住 事件の経過だけ聞くと、大国の思惑で勝手に引かれた国境線が原因の民族紛争にも思えますが、言い方は悪いけど、よくあるパターンではありませんか。
佐藤 いえ。ここまでは主にアルメニア人側からナゴルノ・カラバフ紛争についてお話しましたが、アゼルバイジャン人側に立つと様相が変わってくるのです。実はロシアのインテリには親アルメニアが多く、情報の入手はさほど難しくありません。ところがアゼルバイジャンの方はなかなか情報が入ってこない。そこで私はモスクワにあるアゼルバイジャン常設代用部の門を叩いたんです。代表部の連中と会って話をするとこれがすごく面白いんです。アゼルバイジャン人(アゼリ人)が自らをそのように称するようになったのは二十世紀に入ってからなんですよ。民族アイデンティティーの形成されたのがすごく遅い。
魚住 それまでは、何だと?
佐藤 <人間>です。
魚住 ・・・・・・?
佐藤 <人間>にはキリスト教とイスラム教徒がいる。それくらいの感覚でした。ちなみに、ロシア人はアゼリ人をコーカサスのタタール人と呼んでいました。タタール人には「地獄から来た人」という意味があります。
魚住 そうなんですか。では、他の民族のことは?
佐藤 他民族についてはレズギン、クルドという通称名、アゼリ人内部ではナヒチュヴァン族などの名を用いていましたが、いずれにせよ<人間>と考えていました。代表部の話を聞いたり、文献を読んでわかったのですが、アゼルバイジャン人は、友愛の精神に富んでいたんですね。自分たちはイスラム教徒だから、何々族だからといってあまり威張らないんです。豊かだったこともあって強権的な王朝が発達しませんでした。そのために、自分たちが考えていることを知的な言語で表現することに慣れていないんです。
魚住 近代に入って歴史の波に呑まれたのはわかりますが、そんな<人間>がなぜ、凄惨な紛争を起こすまでになるんだろう?
佐藤 それは、歴史的な栄光や悲劇のどことどこを結びつけるかによって、全く別の民族神話ができてしまうからなんです。実を言いますと、アゼルバイジャン人なのかアルメニア人なのかという議論は意味がないんです。
佐藤優×魚住昭/ラスプーチンかく語りき6『一冊の本12月号』朝日新聞社2005年
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コメント
先日TBさせていただきました。
一冊の本のラスプーチンかく語りき、いいですよね。それまでなんだと?人間です。なんて思わずひっくり返りそうになりましたね。
もしさしつけえなければこのページを小生ブログの佐藤優著作集(4)にTBしていただければ幸甚です。少しでも多くの方にこの雰囲気をお伝えできればと思うのです。
投稿: 日暮れて途遠し | 2006.02.10 21:52