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2006.01.04

5歳の女の子

最近の私の夢の中に、赤い服を着た5歳くらいの女の子が出てきた。その話をしたところ、河合先生は「ふうん、おもしろいなあ」と言われた。それから、「君の人生で、5年前くらいに始まったことはない?」と聞かれた。私の無意識がその頃に始まった何かを気にかけているのだというのである。

 なるほど、そのような考え方があるのかと思った。夢の中に出てくる女の子の年齢が、人生の中での出来事の経過時間を表現しているという発想は、脳科学の内部からは出てこない。精神分析から学ぶことはたくさんありそうである。
 夢の中に昼間のうちに体験したことが反映されることがある。多くの場合、そのまま再現されることはなく、断片化し、変容した要素として出現する。夢の内容を思い出し、しばらく考えて「ああ、昼間のあれがもとになっているのか」とわかることもある。
 映画を見せて、その中の要素が夢にどれくらい現れるかを調べた研究がある。当然のことのようだが、映画を見た直後の眠りに、それを反映した要素が出現する確率が最も高く、その後、次第に減少していく。ところが、3,4日目頃から1週間後くらいにかけて、再び夢の中に映画の要素が出現する確率が上がっていく。
 なぜ、いったんは夢から消えかかった体験が、再び復活してくるのだろうか? 昼間体験した記憶を脳が整理する際に、その副産物として夢が生み出されるというのが、現在のところの有力な仮説である。記憶の整理の過程で、何らかの必要性があって、しばらく前の出来事が再び夢の中に登場しやすくなるのだろう。
 夢の中には、異なる時間の体験が入り混じって登場する。昔の体験を直近の経験と関連して整理することで、脳はさまざまな意味を見出していく。数年、さらにはもっと長いスパンで、夢は数々の体験を統合していく。その過程で、私の夢の中には5歳の女の子が出現した。
 夢の中には、もう一つの人生の時間が流れているのである。

茂木健一郎(脳科学者)/脳の中の人生『読売ウイークリー2006.1.8・15』

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