司馬遼太郎が恐れた人
佐野 これは、あまり知られていない事実なんですが、司馬遼太郎さんが日本人の中でいちばん畏敬していた人物が実は宮本常一さんなんです。
満尾 司馬遼太郎さんは、宮本さんのどこに畏敬の念を・・・・・・。
佐野 例えば、大村益次郎を描いた「花押」という小説があります。歴史が好きな人でしたら、大村益次郎が豆腐好きだってことはみんな知ってるわけです。ところが小説家は物語を作らなければいけない。大村益次郎はその豆腐をどういう皿に盛っていたのか。箸は木の箸だったのか塗箸だったのか。そういう細かいことがたいへん気に掛かる。ところが調べてみると、そういう日常茶飯的な記録はほとんど残っていない。それを全部知っているのは宮本常一さんだ。本当にあの人は恐ろしい人だ。司馬さんは生前、そうおっしゃっていたそうです。
大村益次郎が生きたのは幕末です。宮本さんが本格的に歩きはじめたのは昭和初期からですが、日本人の暮らし向き―衣食住、いちばんベーシックなわれわれの生活です―それは幕末とはあまり変わっていない。しかし、高度経済成長以降、衣食住をはじめ、何から何まで変わってしまった。ですからわれわれは、宮本常一が残した記録によってしか、もはや高度経済成長以前の日本を語れないとという時代に生きているんだ、ということを強く認識しておくべきだと思うんです。
佐野眞一『宮本常一のまなざし』みずのわ出版2003年
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