ゾウ語
「日本にいるゾウたちは、人間の勝手で連れてこられたのに、それでも一生をかけて人間を慰めてくれているんだよ。それなのにゾウたちは結局、コンクリートの狭いゾウ舎で孤独に死んでいくんだ。いつか僕はそんなゾウたちに、幸せな余生を送ってもらえる楽園を作りたいんだ」
哲夢は生前、口癖のようにこう語った。(まえがきより)
わたしは肩をふるわせ、必死に悲しみをこらえていた。そして出棺の時を迎える。堰を切ったように、わたしはなりふりかまわず泣き叫んだ。哲夢のかわいがっていたチンパンジーのロッキーが、わたしの叫びを聞き、まるで、「ママ、泣かないで、泣かないで」というように涙を浮かべながら、キィ、キィと声をあげた。
するとロッキーの声に続くように、ランディをはじめとする四頭のゾウが一斉に高々と鼻を持ち上げ、甲高い叫び声をあげた。アヒルもラクダも、園内の動物たちが、誰も聞いたことのない悲鳴のような声を一斉にあげた。わたしも長く動物の仕事にかかわってきたが、こんな体験は後にも先にもこの一回だけだ。
驚きのできごとに、そこにいたすべての人が天を仰いだ。真っ青で抜けるような秋空に、ひとつだけぽっかりと雲が浮かんでいた。
そしてしばらくの間、市原の森に深く、深く不思議な音色が響きつづけた。
動物たちの慟哭が消え、いよいよ哲夢との最後の別れのときがきた。哲夢の棺が霊柩車に運び込まれようとした瞬間、飼育係の制止を振り切ったランディが、霊柩車にゆっくりと近づいた。
小さな瞳にいっぱいの涙を浮かべ、その頬には涙の流れたあとが幾筋もある。ランディは長い鼻を伸ばし、鼻先で懸命に哲夢の眠る棺のまわりをまさぐった。そして、それでも哲夢が現れないことを知ると、あきらめたように後ずさりし、もう一度、鼻を高々と掲げて一度だけ鳴いた。
二人の永遠のお別れ・・・・・。
(天国に行くの、哲っちゃん? 永遠にサヨナラなんだね、哲っちゃん)
わたしには、そんなランディの声が聞こえたような気がした。
「ママ、ゾウはね、テレパシーみたいなものでゾウ語をしゃべるんだよ」
かつて、ランディの鼻を撫でながらうれしそうに話した哲夢の言葉の意味が、ようやくわかったような気がした。
坂本小百合『ちび象ランディと星になった少年』文春ネスコ2004年
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