存在の影響力
寝たきりになり、あるいはぼけて他の人と自由にコミュニケーションが取れなくなったのに、なぜすぐに死は訪れないのでしょうか。
ぽっくり死にたいと願う老人に、死が訪れるには一〇年かかることもあります。生物学的効率から考えれば、非常に矛盾しています。
それは人間が抗生物質などの医学の進歩によってつくりだした新しい延命の結果なのでしょうか。しかし、それでも死のシステムが作用するなら、アポトーシスなどの遺伝子に組み込まれた機能を作動させればいいわけです。
しかし、死はすぐに訪れません。そこにはやはり理由があるのではないでしょうか。寝たきりであろうと、医学的に生きさせられるだけではない、生きていることに意味があるように思うのです。
こんなふうに考えられないでしょうか。
ある一人の人間が地球で生きていることが、全人類へ影響を及ぼすということです。人間が存在するには酸素を吸い、食べ物からエネルギー(熱)を作り出します。
これだけではごく小さな病院内でのできごとかもしれません。しかし、このごく小さなできごとですが、それにかかわる数多くの人がいます
ナース、医者、家族、ヘルパー、病院の職員、健康保険にかかわる人、食事を作る人、医療にかかわる人だけでなく、ある一人の人間が寝たきりになり、まったく山奥の病院でひっそりと寝かされているだけであっても、その存在はあらゆるところに影響しているのです。
つまりいくら隔離されて、動けないまま病人として生きていても、最終的には他の人間の住む環境に影響を及ぼしていることになります。
それが他の人間にとって、環境の変化をつくりだすということになりはしないでしょうか。そうだとすれば、それは文化に影響し、さらに人間の心にも影響してきます。
寝たきりの人間、病気の人にすぐ死が訪れないには、その存在の影響力なのではないでしょうか。
米山公啓『人間はどうやって死んでいくのか』青春出版1999年
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