脳にゴミ箱はない
―すると、不要なファイルをコンピューターの画面上の『ゴミ箱』は放り込んで消去するようにはいかないわけですね。
「もし仮に、記憶が消えたようにみえたとしても、それはおそらく、われわれの意識の底に押し込められたにすぎないでしょう。では、意識の底に押し込めてしまうと、どうなるか。私の臨床的な観察から類推すると、そういった記憶は断片化したままで意識化されない領域、つまり潜在意識の中にどとまっている。しかも、きわめておさまりの悪い状態で、あたかも浮遊しているように感じることすらあります。
―記憶を消すということは、人生そのものに関係してくるというわけですか。
「生きてゆくということは、ある意味で違和感を自分のなかに取り入れていくという作業の連続であるとも言えるわけです。それをどう意味づけて自分の記憶のなかに取り込むということが、実はかなり肝要なポイントだと思います」
―たとえば、失恋や肉親の死といった事件に際して、どう対処するということですか。
「いま現実に突発的に起きていることを、どうやって整合性を持たせて、取り込むか、つまり了解してゆくかということですね。生きるということは、すべての記憶を織り上げて、『自分』というひとつの物語を書いていくことにたとえられるかもしれません。たとえば、とんでもないトラブルに出会ったとき、『このトラブルは自分になにを教えようとしてるんだろう』と問い、『これは、いままで経験したことのない地平に立てるチャンスだ』ととらえること。そういう問いを立てることができる精神的な力量を、知性と呼ぶのではないでしょうか」
―なるほど。
「記憶とは、ただのデータではありません。事実をそのままインプットするのではなく、感受性や想像力を駆使して、現実に対する認識力を深めつつ、自分の中に取り込むことなんです。ですから、記憶の洗い出しを夢見るより、認識力を研鑽することが肝心なのでしょうね」
名越康文(精神科医)身体浄化コラム『AERA2005.4.4』
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