« 解剖室にアカシアの花が香る頃 | トップページ | 深まる孤独と仕事 »

2005.03.27

昔ながらの葬式

父が死んだら昔ながらの葬式をしてやろうと思っていた。

 僕が生まれたのは茨城県の筑波山の麓の農村地帯だが、ぼくの村では長く土葬が習慣だった。十四年前に母が死んだときも土葬した。
 要領はこうである。
 遺体は僧侶の読経が終わるまで布団に寝かせておき、納棺するのは出棺の直前である。棺は四角い白木の縦棺で、そこに両膝を立ててすわらせて納めるのだが、墓堀から埋葬まで、こうした仕事をするのは、木綿の真新しい襷と鉢巻をした隣り組の男たちである。納棺すると、やはり彼らがそれを廊下から庭に運んで行き、庭に用意した村共用の輿に乗せる。そしてそれを祭りの御輿よろしく村外れの墓まで担いで行き、あらかじめ掘っておいた墓穴に埋葬するのである。
 子供のころは、村に葬式が出ると学校から早く帰り、よくその葬列を追ったものだった。墓までの道すがら、曲がり角や四つ角に当たると、そのたびに遺族が五円玉や十円玉をまくのが習慣だったからだ。十四年前の母のときには、十円玉と五十円玉と百円玉をまいた。それは輿に向かってもまくから、輿に乗った分は担ぎ手の隣り組の男たちの取り分になる決まりである。そしてぼくは、死者を輿に乗せて運び、角々で金をまいて歩くというこの習慣が、いかにも野辺送りという感じがしてとても好きだった。

海老沢泰久『暗黙のルール』新潮社2000年

|

« 解剖室にアカシアの花が香る頃 | トップページ | 深まる孤独と仕事 »

生死」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26560/3461703

この記事へのトラックバック一覧です: 昔ながらの葬式:

« 解剖室にアカシアの花が香る頃 | トップページ | 深まる孤独と仕事 »