ボーヴォワールの母
ボーヴォワールの母フランソワーズが大腿骨骨折で入院したとき、治療の過程でがんが発見された。
七八歳の母への過酷な手術に反対していたボーヴォワールだったが、医者の強引な説得に抗い得ないまま、がん摘出手術に同意してしまった。自らの道徳律を破ったと激しく後悔する彼女に、サルトルは「専門家の技術に負けたのだ。どうにもならなかったのさ」と語る(ボーヴォワール『おだやかな氏』杉捷夫訳 紀伊国屋書店』。そう、患者は医者という専門家の所有物になってしまうのだ。だが私たちは、専門家のいうがままになっていいのだろうか。
薬害エイズ問題が、いよいよ刑事事件となった。それも、医者と厚生省の官僚が追求の矢面に立たされるという、これまでの数々の薬害や公害でも例を見ない展開となっている。
かつて水俣病について、何人の科学者が怪しげな説を出して現場を混乱させ、必要な手を打つのを遅らせたことだろう。公害病の認定において、どれだけ官僚が難癖をつけ、患者を放置してきただろう。しかし、誰ひとりその責任は問われなかった。
池内了/医の倫理、科学者の倫理『科学は今どなっているの?』晶文社2001年
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