脳の目標温度33度
水温を二四度から二六度くらいにして循環させていると、全身の体温が徐々に下がり、数時間で脳の温度が目標の値になる。その脳の温度を〇・一度とか〇・二度の刻みで、上げたり下げたりするテクニックは、ベテラン看護婦たちが経験の積み重ねで身につけたノウハウに依存する部分が大きい。水温の調節だけでなく、水冷ブランケットをずらして、患者の身体との接触面積を調節するとか、ベッドを傾けて体位を変えるといった工夫をするのだ。
午後10時過ぎ、水冷ブランケットに水を通し始めた。
脳低温療法が始まると、看護婦が二十四時間、ベッドサイドにつきっきりで、点滴や人工呼吸器の管理はもとより、患者に挿入した各種のカテーテルやセンサーのモニター装置から読み取るバイタルサイン(意識状態、血圧、心拍数、呼吸器、体温、尿量)をはじめ、心拍出量(心臓から送り出される血液の量)、肺動脈圧、頭蓋内圧(脳圧)、脳組織温度(脳温)、鼓膜温(脳に入っていく血液の温度に相当)等々、十八項目におよぶ指標を、二十分ごとにチェックして、大判のボードにクリップされた「バイタルチェック表」(経過記録表)に書きこんでいく。これによて、脳の神経細胞の保護と回復に不可欠な酸素と栄養(グルコース)を運ぶ変化が生じると、直ちに医師に連絡をとることになっている。 脳低温療法の看護は、脳神経外科学や脳生理学をはじめ全身の循環代謝の管理に至るまで高度な知識を必要とし、極めて専門性が高い。最大で十七本の点滴をさばく看護婦たちは、救命センター専門ナースとして、勉強熱心だ。
もともと救命センターが発足した時から、看護婦たちは、脳低温療法に関係なく、集中治療室での看護業務は一般病棟におけるような八時間三交代制では中途半端になり、仕事の充実感や達成感は得られないからと言って、ベッドサイドで患者の病態変化をしっかり見えることのできる十二時間二交代制を多数の合意で選択した。午前8時から午後8時までの日勤と、午後8時から午前8時までの夜勤の二交代だ。
柳田邦男『脳治療革命の朝』文芸春秋2000年
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