視覚の帝国主義
現代っていうのは、一九世紀以来飛躍的に発展した視覚文化の中で、地球の裏側でも同時的に見ることのできる時代です。人間には視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の五感が備わっているのに、視覚だけが拡張して専制的になり、視覚の帝国主義ともいえる状況になっているんです。
足には「足る」という意味もあります。僕らはもっと、スローな<足の文化>に合わせて「足るを知る」生き方をする必要があるでしょう。足の復権です。でないと、いつかツケが回ってきて、足を取られてしまうかもしれません。
パソコンひとつで世界中の情報を手に入れられる時代になり、最近では机に座ったままで記事を書く新聞記者もいるそうです。新聞社でデスクをやっている友人が嘆いていましたよ、「全然、裏を取っていない」って。
よく、「先の見えない時代」ということがいわれていますが、これはつまり、現代社会が混沌として、足を忘れた目だけではうまくいかなくなっているってことではないでしょうか。
だいたい、足を伴わない目なんて、お化けのようなものです。「目」にちゃんと「足」がついているのが、「見」という字なんです。(中略)
電子情報の時代にあって、視覚の帝国主義はこれからも進行していくでしょう。それでも、僕らは自分なりに歩いて、足のある情報を探さないといけないと思うんです。歩けば新しいものが見えてきます。歩きながら見、そして考える。人間とは「歩く目」なんです。(談)
海野弘(美術評論家)/スローな<足の文化>の復権で見えないものも見えてくる『Fole2004.12』みずほ総合研究所
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