K-戦略で行こう
澤口 適応度を高めるために生物がとる戦略は、おおざっぱにいって二つあります。まず一つは、子どもをできるだけ多くつくる戦略です。とにかく多く子どもをつくって、そのうち何%かが生き残ればよしとする。簡単にいうと、虫とか魚とか大量に卵を産むのがいますね、とりあえずあれを想像してもらえればいいんです。多産多死戦略ですね。これを生態学の用語ではr-戦略といいます。r-戦略では次から次へと子どもをつくる必要があるから、子どもは手がかからずにサッサと大きくなってまた次の世代を産んでくれたほうが都合がいい。そこで、r-戦略をとる生物は早熟で世代交代の期間が短くなる傾向があります。
伸坊 「リチギ者の子沢山」ってのがあるけど、r-戦略のr、リチギ者の頭文字ですか?(笑)。
澤口 残念ながらそうでなくて(笑)、rは生態学のターム「内的自然増加率」の率、つまりrateの略です。もう一つは、子どもの数を少なくして、その代わりにていねいに、確実に育て上げようとする戦略です。これを少産少死戦略、K-戦略といいます。こちらの集団は、環境収容力Kに近い密度で維持されるので、Kを使います。K-戦略をとる生物は概して晩熟で、世代交代の期間が長くなる傾向があります。つまり成長が遅くなるんです。実際の繁殖戦略はもっと複雑でこみいっていますが、大きく見ればr-戦略とK-戦略があるとみなしてけっこうです。
哺乳類は、その名の通り哺乳=子育てをすることで子孫を残す動物です。つまり生き残るための手段として、「少なく産んで大事に育てる」というK-戦略をとってきたのです。なかでも霊長類の多くは、基本的に1産1子、つまり1回の出産で1頭ずつ子を産みます。その代わり、数少ない子どもを保護し、確実に成熟するまで育てようとします。
子育て期間は、子どもにとっては生き残る力を得るための準備期間になります。その期間が長いほど、子どもにとっては生き残る術を学ぶチャンスが増え、親は子どもを保護・教育できるというメリットがあるわけです。
このK-戦略を究極まで推し進めたのが、ヒトという動物です。ヒトの祖先は住み慣れた森林生活を捨てて、厳しいサバンナへ出ていった。厳しい環境では、子どもを産みっぱなしで放置すれば、生き残れるかどうかわかりません。
そこで、ヒトは子育ての期間を延長する方向に進化しました。ネオテニーによって未熟さを保つ「幼年期の延長」という究極のK-戦略で、厳しい環境に適応しようとしたのです。ネオテニーは、子どもが未熟になるというリスクも大きい反面、学習を含めた経験をたくさん積めますから、複雑で変動する環境にうまく適応できる能力が身につきます。ですから、成熟した子どもを残すという点から見れば非常に確率性が高いんですよ。
この「少なく産んで大事に育てる」K-戦略にも、ヒト集団によって内容に微妙な差があります。遺伝的・環境的な条件に応じて、戦略を微妙に変えている、というか変えざるを得なかったんです。モンゴロイドが進出したような寒冷な地域では、生きるために学ぶべきことが多くなります。厳しい環境のなかでは、食べ物を得るにも、安全なすみかを得るにも、それ相応の工夫や知恵が必要ですからね。たくさんの生きる知恵を学ぶためには、教育を受ける期間、つまり子どもの期間がより長いほうが有利になるはずです。だからモンゴロイドはネオテニーが進んで、さらに幼年期を延長し、子育ての時期を長くとるように進化しました。モンゴロイドは、「K-戦略をいちばん推し進めたヒト」といえます。
南伸坊×澤口俊之『平然と車内で化粧する脳』扶桑社2000年
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