死に様を見て父を赦した
大学5年の2月ごろ、下宿から自宅に帰ると、父親がまっ黄色い顔色をしていた。黄疸だ。医学部生だった名越はとっさに癌を考えた。主治医に癌であることを確認し、「もう死ぬんやな」と思った。
すぐに父親の自宅療養が始まる。試験期間中は下宿と自宅を往復していた名越の部屋は、父の寝室の真上にあった。痛みに耐えられず、「もう、あかん」「頼むから殺してくれ」と泣き叫ぶ父親の阿鼻叫喚を全身に浴びながら、名越は勉強した。父親が亡くなったのは卒業試験が無事に終了してからだった。
名越は泣けなかった。それは子どもだった時代の魂の抑圧された憎しみがあったからではない。父親が「世の中の悲惨なもの、自分のなかの汚いものをすべて吐き出して、一人の醜い人間として死んでいってくれた」と思えたからだった。その気持ちは、あれほど夢の中で殺した父を赦すことにつながった。その「父赦し」の体験も、他者と向かい合うとき名越が醸しだす、不思議な包容感や安心感をつくりだしているのかもしれない。
名越康文/曙を変えた「感応」分析『AERA2004.12.20』
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