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2004.11.04

川端の死をもたらしたノーベル賞

瀬戸内 川端さんは、三島さんに「今度はいただかせていただきます」と言ったらしいね。三島さんとしては、そう言われたら、しょうがない。だから、川端さんもやっぱり寝覚めが悪かったんですよね。きっと。もらった後でもずっとね。

美輪 「自分は三島由紀夫と比べて、もらう資格がないという思いがずっとあった」と、私にもおっしゃってた。それが原罪意識じゃないけれども、ずっと澱になって残ってらした。だから、日がたつにしたがってますます眠れなくて、睡眠薬を飲んだりなさるようになったんです。「お薬より運動の方がよく眠れますよ、そうなさいまし」と生意気な意見もしましたけどね。無駄でした。
 私は、川端さんは謙虚といえば謙虚で、少年みたいな人だなとは思っていました。三島さんが、そういう川端さんに対して、どう思っているかはわからなかったけれど。生きていれば三島さんももらう機会があるのに、亡くなってしまったでしょう。だから、三島が亡くなった後、ものすごい重責がドサッときて、川端さんは逝ってしまったところがあると思ってますよ。
瀬戸内 私は、自分もあのまま出家しなかったら間違いなく自殺していたと思うんですよ。流行作家というものになって、お金もあったけれど、着物ももうほしくないほど着たし、貢ぐ男もろくなのがいない。ほんとうに虚しくて死にたいと思ってましたよ。三島さんや川端さんお気持ちはよくわかります。
 だから、さっきも言ったように、あの人たちは自殺してよかったの。川端さんの死の部屋に散らばっていたのは、『岡本かの子全集』への推薦文の、かの子論の原稿だったんですよ。七、八枚の原稿がどうしても書けなくなっていた。でも計画的じゃなく、衝動的な死だと思いますね。
美輪 私もそう思います。この世に生を享けたときから始まってずっと受動的に与えられた生を生きることにコンプレックスを抱いていた三島さんにとっては、死すらも与えられてたまるかっていう気持ちがとても強くあったと思うの。だから、死だけは絶対に己が選ぶのだという、自前の、能動的な死を選んで死んでいった。そういう気がしてならないんですけどね。
瀬戸内 美輪さんのお話のような三島由紀夫論は、一つもでてきませんね。
美輪 それは、公私ともにしたものでないとわからないでしょうね。

瀬戸内寂聴×美輪明宏『ぴんぽんぱん ふたり話』集英社2003年

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